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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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第七章 『大(オオ)顎(アギトノ)真(マ)神(ガミ)』

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 バーカウンターに突っ伏しながら、唐鍔牧師は穏やかでないことを吐く。
「やめてくださいよ子供の前で。二日酔いくらいであなたっていう人は死にません」
「けど頭ガンガンなんだよ~。くっそー、昔後頭部に食らったスタンガン並みに痛(いて)~」
「はぁ……わかりましたよ」
 永久は底の厚いビールグラスを取り出すと卵黄・ウスターソース・ケチャップなどの素材を次々入れていく。そうして一分もしない間に、
「はい、どうぞ」
 永久特製向かい酒、プレイリーオイスターのでき上がりだ。
「おお、そいつを待っていた」
 唐鍔牧師は鼻を詰まんで一気にのどへ流し込んだ。
「うへぇ~……こいつが効くんだ~」
 さも不味そうに顔を歪めながらも、どこか満足そうに言う。
「社長口臭いです」
「煩い、お前も高校入れば呑むようになるんだよ!」
 飲酒は二〇歳からでは?
 どうやら永久の飲酒や無免許運転はこの人の受け売りらしい。
「はい、麦ちゃんにはこれ」
 と言ってバーカウンターに備えつけられている中型の業務冷蔵庫からサンドウィッチを出し、ラップを外してハッカの前に差し出した。
「ありがと」
 本当にこの人は何をやるにも手際がいい。いったい何を食べたらこんなに気立てがよくなるのやら。
「言っておくが永久はわたしの嫁だからな。変な眼で見るなよ」
 横に唐鍔牧師に囁かれる。
「変な眼ってなんですか!?」
「お前が今してた眼だよ。とろんとしてさ」
「してません!」
「ま、精々変な気は起こさないことだ。こいつにはファンが多いからな。キャバ嬢や風俗嬢なんかが親衛隊作ってるし、祈り屋の若頭ってんで近所のヤクザにも一目置かれてる。お前さえよければ友達になってやってくれ。いつも歳上とタメ張ってたんじゃ餓鬼同士のつき合い方を忘れてしまう。息抜き相手が必要なんだよ」
「ふ~ん?」
 よくわかんね。
「ちょっと変なこと吹き込まないでくださいよ。俺が寂しいやつみたいじゃないですか」
「なんだ聞こえてたのか。でもお前飲みにつき合わされるのいつも厭がってるじゃないか」
「あれは牧師(センセイ)が面倒臭いって俺に押しつけるからじゃないですか。いつもいつもほとんど知らないメンツだし。なんで俺みたいな若輩者が祈り屋の代表で出なくちゃいけないんですか」
「お前に世渡り上手になって欲しいという老婆心故さ。第一わたしのパイプや地盤はいずれお前が継ぐんだ。慣れておくことにこしたことはないだろ」
「俺はあなたの世話だけでいつも精一杯ですよ」
「またまた」唐鍔牧師は茶目っ気のある仕草で永久を指差した。「よし! 向かい酒も呑んだことだし、そろそろ行くわ。永久、金くれ」
「二万だけですからね」
「え~、もう一枚、もう一枚だけ!」
「ダメです、どうせ負けてくるんですから。牧師(センセイ)賭けごとめちゃくちゃ弱いんだから」
「でも終わったら呑みもあるし~。というか~、負けるって決めつけるな、今日はいけそうな気がするんだよ~」
 普段からは考えられない猫撫で声で甘えてくる唐鍔牧師に、永久は溜息を吐いて財布から三枚の紙幣を取り出す。
「二日酔いのくせにもう今晩の呑みのことなんて考えてるんですか? はぁ、二五〇〇〇円まで、それ以上は出せません。まっ、勝ってくると言うのなら、精々期待しないで期待させてもらいますよ」
「サンキュ、愛してるよ永久♪」
 そう言って彼女は永久の頬にキスをした。
「だからやめてください子供の前で」
「ははははっ。じゃ、行ってきまーす」
「友達に借金しないでくださいねー!」
 彼の忠告に、唐鍔牧師は背中を向けながら片手を上げて応えた。
 さらに永久はその返事に対して、唐鍔牧師からは見えてもいないのに深々とお辞儀をして見送った。
「どこに行くって?」
「競艇。PTAの人たちと」
「PTA!?」その単語を耳にした瞬間、ハッカは凝然と永久を仰ぎ見た。「あれって保護者と教師の集まりでしょ? なんで社長が……しかも競艇って」
「あはは、牧師(センセイ)のはPTAはPTAだけどP(パチンコ)・T(タバコ)・A(アルコール)のPTA。ようは夢路街近辺のダメオヤジたちを集めた連盟会だね」
「ダメオヤジって……」
「まぁ賭けごとも煙草も酒も呑むけど、みんなで節度を持ってやろうってのが理念(ルール)。月に一、二回、お金を決めてね。たまにみんなで人間ドックに行ったり、ボランティアなんかもしてるよ」
「ダメオヤジ、ねぇ……。社長ってたしかにそんなカンジがする。で、強いの賭けごとは?」
「それがてんで。いつもオケラになって帰ってくるよ。あの人自身は麻雀もカードもビリヤードも、スポーツ全般にも強い〝負けなしの虎〟なんだけど、いざそこに金品が絡んでくるとてんで弱いんだこれが。そのくせ無類の博打好きってんだから本当に頭が痛いよ」
 やれやれ、と永久は頭を抱えた。
 まるで世話焼き女房だ。単に手綱を握っているわけではなく、あくまでも唐鍔牧師を一番に戴かせる立ち回りをしている。
 友達、姉弟、親子、恋人、夫婦。あらゆる関係を二人だけで完結させたような唐鍔牧師と永久だが、やはり上下関係においての線引きはしっかりとされている。師弟と言えば格好はつくが、それでもあまりない関係だ。けれども傍目から見ていてまるで危うさがない。
 ハッカの眼には二人の関係がどうしようもなく新鮮で眩しく映った。自分にもこんな人とのつき合い方ができるだろうか、と。
 なんてことを考えながらハッカはぱくりとサンドウィッチに齧りついた。
「──!」
 めちゃくちゃ美味い。
 なんてことない普通の卵サンドだと思って食べたはずなのに、口の中で独特の辛味と甘味……それにほどよい酸味が広がってくる。歯ごたえと舌触りもシャリシャリ小気味いいものがある。
 これはもしかすると──、
「どう、タマネギがいい味出してるだろ? レモン汁もほんのちょっと入れるのがポイントなんだよ、これがさ。それぞれ癖が強い分、いっしょにするといい感じに互いの角を削ってくれてさ──って、聞いてる、麦ちゃん?」
「ふぇ(え)、ふぁ(な)に?」
 自慢げに説明する永久をよそに、ハッカはサンドウィッチを口いっぱいに頬張らせていた。
「牛乳(ミルク)、飲む?」
 口が開かなくなったハッカは、頭をこくこくと何度も頷かせる。
「はい」
「ありふぁ(が)と」
「その口にものふくみながらしゃべるのやめなさい。あ~、そんな口のまわり汚して」
 柔らかいナプキンが口をなぞる。
「そうだ麦ちゃん、今日これから買い出しに行くんだけどつき合ってくれるかな」
「ごくっ……買い出し?」
「そ。食料品とか生活雑貨とか。ああ、祈り屋で使うのじゃないから安心して、こっちのは大量で大変だから業者さんに来てもらってるから。牧師館(ここ)で使うやつなんだけどさ──手伝って、くれる?」
 わずかに首を傾ぐ仕草で訊いてくる。
「永久クンって、ホント主夫だね」
「ん? 俺は執事だよ。なに言ってるのさ」
 永久な切れ長な眼をきょとんとさせてハッカを見返した。
「ああ、それに天然だ」

† † †

「永久クン大丈夫? そんな大きなの持って」
「ん? ヘーキ、ヘーキこれくらい」