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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第五章 『懺悔ホストクラブ祈り屋』

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 黒い風は突槍(ランス)柄に付いていた銃爪(ひきがね)を引き絞る。と、一発の銃声が大気を嘶かせ、突槍(ランス)の槍身(カツプ)が五〇センチほど伸張を見せた。鍔(バンプレート)からは空薬莢が一発、放物線を描きながら排出される。
 突槍(ランス)の放ったパイルバンカーの衝撃に、テレビは木っ端微塵に砕け散り、破片は床に落ちると同時に跡形もなく泡沫へと消えた。
 長身痩躯の黒い暴風の正体、それは唐鍔虎子牧師。
 唐鍔牧師はギロリとこっちへ振り返る。日本刀じみた、恐ろしいほどに切れ味のある視線だった。

† † †

「ダイジョブ、麦ちゃん?」
 そう言って永久は、ソファーの上でココアを啜りながら背中を丸めるハッカの肩に毛布をかけてやった。
「あ、アリガト」
 ハッカの肩は小さく震えていた。
「それが、あの夜消えたお前に起こった真実なのか」
 唐鍔牧師は正面の一人座り用ソファーに腰かけ、白磁のティーカップでブランデー入りの紅茶を傾けながら言った。
 訊かれたハッカはコクリとわずかに頷く。思い出したのだ、すべてを。
携帯の画面に鳥居を、導かれる光に指を動かし意識を飛ばす──ケータイ交霊術(コツクリさん)。
悠久の時の中、夕焼けが暮れ泥む黄昏の海岸線──セカイの果て。
セカイの果てを走る、カルトSNSと同名のローカル列車──へびつかい座ホットライン。
 山の上で鎮座する座礁した鯨の残骸めいた異形の神社──虹蛇(ナギ)ノ杜(もり)。
 社の奥でうず高く積まれたテレビの山に棲む道化──カレルレン。
 そして、そして幾度となく自分を救ってくれた女性──亜鳥。
 欠落していた記憶のすべてを取り戻したハッカは、一つ一つ噛み締めるように、また自分の中で確かめながら、ゆっくりとどもりがちながらも二人に打ち明けた。
 本当は言いたくなんてなかった。言えるわけがない、こんなデタラメな話。けれど打ち明けるしかなかった。ハッカの小さな胸に押し込めるには、あまりにも重た過ぎる。吐き出して楽になってしまいたい。こんな不安な気持ち、初めての感覚だ。地に足がついている気がしない。それこそ雲の上で綱わたりをさせられている気分だ。
 だから祈り屋の二人に告解した──懺悔をしたのだ。二人は少しでもリラックスできるようにと飲み物を片手に聞き返したりせず、ましてや叱責などもせずに、ただ静かにハッカの拙い言葉に耳を傾けてくれた。
 しかし。
 しかしハッカは、ここまできてこの二人を未だ信用しきれずにいた。唐鍔牧師が見せたあの尋常ならざる身のこなし、それに何よりあの〝眼〟だ。振り返り様に向けてきたあの〝鬼気〟としか形容できない人間離れした鋭利な眼光。人のする貌じゃなかった。
 いや……、もしかしたらもしかすると人じゃないのはむしろ自分の方なのかもしれない。
 と、ハッカは思った。
 人じゃないのは自分だから。だからあんな目で見られたんだ。
 けれど、それもより何よりも、もっと気になることが、ハッカにはあった。
「教えてよ……デジタルドラッグて何なのさ」ハッカは肩にかかっている毛布をはね除け勢いよく立ち上がった。「二人はもともとデジタルドラッグを探してたんでしょ!? デジタルドラッグで人が死ぬ、それはわかるよ! でもなんで二人はそんなこと知ってるのさ!? だって〝アレ〟、チェンーンメールでケータイ交霊術(コツクリさん)して、そんで虹蛇ノ杜にいるカレルレンからもらうものだろ!
アンタらは────カレルレンと同類じゃないのかよ!!」
言下、両手をテーブルへ打ちつける。ロビーに静寂が重たい緞帳を落とした。
「右の頬を打たれたら……」
「え?」
「左の頬も差し出しやがれ────!!」
 それはハッカにとってまったく埒外な出来事だった。右の後から左に、いやむしろ左右ほぼ同時だっただろうか。とにかく桁外れの衝撃が顔面を挟撃した。気づいた時には唐鍔牧師に頭をつかまれ宙に浮いていた。
「そんで御歳暮持ってこい! 暑中見舞いに寒中見舞い、ついでに三指ついて御中元だ!」
 意味がわからない。何を怒っているんだ。逆ギレなのか!?
「わたしらをあんなのといっしょにするな、ダラズがっ!! いいかっ、わたしたちはな──」
「牧師(センセイ)、ストップ! ハイってます、キマってます、気管と頚椎が本能寺の変になってます! というかその前に顔面崩壊しますって、タップタップ、ペナルティ!
ウノ! ドス! トレス! 牧師(センセイ)の勝ち! だからさっさと手離してください!!」
はぁ……はぁ……。
永久のおかげで、何とか事無きを得たが、あと数秒遅かったら『ムンクの叫び』もかくやの酷い顔になっていただろう。
「ふんっ、ったく。この程度で音を上げるたあ情けない。わたしが現役で喧嘩やってた頃は関節捨ててでも殴りかかるなんざ日常茶飯事だったぞ!」
 いや、あれは関節がどうのこうのとかいうレベルじゃなかった。あのままいっていたら本当に顔面が壊れてもおかしくはなかった。
「ちっ。わかったよ、わたしが悪かった。主よ、どうかわたしのおかした小さな過ちを許してください──別に許さなくたってかまいやしないが」
「牧師(センセイ)ッ!」
「わかった、わかったからそう夜分に大声をはるな、ただでさえうちはヤクザ教会って悪評、汚名が触れ回ってんだ、これ以上ご近所さんに迷惑かけられるか」
「実際にここいらのジャパニーズマフィアを締めて街の顔役やってる人にこれ以上泥なんて塗れませんってば」
「ばっか、お前。わたしが元締やってるからファウンデーションのゲットーにいるマフィアどもを牽制できてんだろうが。あれだぞ、わたしがいなけりゃ暁刀浦は人身売買・薬物・武器のいい出入口じゃないか」
「知ってますよ、それくらい。何年あなたの執事やってると思ってるんですか。五年ですよ、五年! ヒロシ&キーボーなら三年目で浮気して五年目で破局ですからね!?」
「お前、だからネタが旧いんだよ! しかも五年目の破局なんてわたしの世代でも知ってるやつ少ないからな!? お前歳いくつだっつの!」
「一五ですよ!」
「中坊じゃないか!」
「行ってませんよ、学校!」
「そうだったな!」
 いいかげんにして欲しい。この二人は本当に主従関係なのか。これじゃあ本当にただの倦怠夫婦の痴話喧嘩じゃないか。
「あ~、もういい、疲れた。お祈だ、お祈り、お祈りするぞ、こんなみっともないトコ神様に見せられるか。仕切り直しだ。 
天に在す我らの父よ────以下略(アーメン)!」
 やっと終わった。
 三人揃って、「ふぅ」と重たい嘆息を吐く。
「けっきょく、アルジャーノンってなんなんだよ」
「虚構薬物性脳髄消失症候群」
「え?」
「通称〝アルジャーノン・シンドローム〟。現実を直視できない夢観がちな子供が、気持ちのよくなるおクスリで脳みその中に引きこもって夢だけを見ながら生き続ける病気さ」
 唐鍔牧師は真剣さ三、おどけた調子七の割合でのたまった。
「病気!? もしかしてそのクスリって──」
「デジタルドラッグのことだよ。脳でのみ分泌し、脳でのみ効果の現れる」
「でもぼくはまだ……」
 まだ《デジタルドラッグ》を口にはしていない。