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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第五章 『懺悔ホストクラブ祈り屋』

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「なんですかそれ、自虐ネタですか」
「そんなんじゃないさ。これはわたしの本音だよ。でもお前は少なからずこの空間に違和感を覚えているんじゃないか。例えば『神なんて目に見えないもの、どうやって信じろっていうんだ』とかさ」
「……否定はしません」
「あと顔が宗教キモいって表情(カオ)してる」
 ハッカは思わず顔に手を当てた。
「バーカ。嘘だよ、嘘」
「むぎッ!?」
 なんだこれ、鼻がすごい痛い。そう思った一瞬、唐鍔牧師が自分の鼻をつまんでいるのに気づいて咄嗟にその腕をつかんだ。けれどビクともしない。まるで、それこそ万力か何かにでも挟まれているとしか思えない力強さだった。
「知ってるか? 小さい頃につまんでると高くなるんだよ、鼻って」
「うそふぁ!」
「もうやめてくださいよみっともない。子供をからかって楽しむなんて趣味が悪いです」
「イタタタ……、わかったよ。わかったから莫迦みたいに人の手首をつかむな」
「ご理解頂けて幸いです」
「たく、主人に手を上げるなんて執事の風上にも置けんやつだな」
「俺の主は神様だけです。それに牧師をいさめるのも執事の仕事です」
「うわ、キモッ! つか、恥ずかし! 『これだから宗教やってるやつは』って、思わないか麦村?」
 その言葉が、なぜだかハッカの心を逆毛立たせた。
「それ、ひどくないですか。そうさせたのはアンタでしょ?」
「はっ、違うな。わたしはこいつらに──いや誰かに何かを強要したことなんて一度だってないね」
「だってさっき永久クンが──」
 ハッカが即座に視線を横走らせると、そこには長い前髪から柔和な眼差しを漏らした永久が静かに顔を横へ振っていた。
「俺はね麦ちゃん」永久は唐鍔牧師の前にカクテルグラスを差し出した。中には赤く透き通った液体──キールロワイヤルが注がれている。「この人から無理強いされてクリスチャンや執事になったんじゃないし、まして宗教をやらされてるなんて意識まったく、これぽっちも感じたことはないんだよ」
「……は? いやだってそれ矛盾してるじゃん」
「何もおかしいことなんてありはせんさ」唐鍔牧師はカクテルを一口煽る。そうして猫みたいな細い眼でくるくるとグラスの中の酒を回して楽しんだ。「結局な、宗教ってのはそれぞれの型、色に染まることだ。自分をある一定の形に定めて限界を作ってしまうことだ。そして自分が所属する大枠を自分自身と捉え、それと意を反するもの、矛盾するもの、相対するものの一切を否定しなくちゃ成立しなくなってしまう。自分を守るために他者、他の宗教、他の神を否定し続けなくちゃ存在できない存在になってしまう」
「……それって、フツーの人間じゃないですか。学校でもどこでもあることじゃないですか」
「そりゃそうさ、神が人を創ったんじゃなくて人が神を創ったんだとしたら、なんらおかしいことじゃないさ。つまるところ、わたしたちは一〇〇パーセントの人間で、そこから生まれるものなんてしょせん一〇〇パーセント人間の被造物でしかないからさ」
 そう言って唐鍔牧師は残りのカクテルを一口で呑み干す。
「言ってることが、ぼくにはよくわかりません」
 ハッカは拗ねた。唐鍔牧師に対してではなく、それが理解できない自分に対して。
「悪い悪い、確かに少し子供には難しいこと言っちまったな。ただわかって欲しかったのは、わたしたちは型にはまれとは言わない、逆に解き放てって伝えたいのさ。肩肘はらずに楽になれって。わたしたちはただの〝ジーザスフリーク〟、あのサイコーにクールでイカしたユダヤオヤジに惚れてるだけなのさ。
 だからここに来る客にだって別段、勧誘だの改宗だのは勧めたりしていない。ただ識(し)ってもらいたいから、ジーザスっていう色男がわたしたちを救ってくれたことを。
 けど識ってもらうには陰湿で何かドロドロして暗い雰囲気のある旧い教会じゃ駄目だ。人は所詮外見でものを判断する。だったらファッショナブルでなくちゃいけない。けれど伝えるメッセージは歴史的な流れの中でトラディショナルの方がいい」
「そんなこんなで二人で知恵と直感を出し合って決まったのがホストクラブってわけ」
 永久が言った。何か呑んでいる。ハイボールだ。まだ一五のくせに。
「でもホストってフツー外面ばっかの印象しかないけど」
「そいつは違うな。本当のいい男ってのは想いや熱意が身体の中を駆け巡って血や肉となってるんだ。だから外見よりも中身が大切なんてあれは嘘さ。本当のかっこいいやつはルックスはイカしてて当然の常套! わたしを見な、粋で鯔(いな)背(せ)なことこの上ないだろ?」
「…………」
 もうツッコミどころがあり過ぎて、ハッカには何も言えなかった。いや、それ以上に彼女には反論をさせないだけの何か雰囲気のような……オーラのようなものがあった。普通の人間にはない何か、だ。
「まあいいさ、子供だからって簡単に何でもかんでも鵜呑みするのはよくない。自分で考えて、自分で決めな」
 そう言って、唐鍔牧師はハッカの頭を力強く掻き撫でた。あまりに力まかせにして痛いので、ハッカは咄嗟に目を瞑った。開けた頃には髪の毛はボサボサになっていた。
「おい、お前ら祈ろうか!」
 スツールから立ち上がった唐鍔牧師は、おもむろに中央のセッションステージ──祭壇へ上った。
「ジーザス! わたしたちのために死んでくれてありがとう! わたしたちのために復活してくれてありがとう!
ジーザス(あいつ)は鉄やガラスの破片がついた鞭で打たれた後、手首と足に杭を受けた。そうすると肩は脱臼して肺がつぶれて全身が痙攣する。
にもかかわらずわたしたちを赦すために生き返ってくれた!
にもかかわらずわたしたちを愛してくれた!
サンキュー、ジーザス! あんたはサイコーにダンディーなユダヤガイさ!」

──サンキュー(ハレルヤ)!

 礼拝堂(ホール)全体が揺らぐほどの歓声が上がる。これが祈り屋スタイル。これが唐鍔虎子という一人の人間が、求道者が出した救いのカタチ。またその過程。
「ぼくにはよくわかんないよ」
 と言ってハッカはグラスに残ったジンジャーエールを小さくクピリと口にふくみ、スツールから離れた。
礼拝堂(ホール)の窓の傍に飾られたスクーター、ベスパP150Xを元まで赴く。『探偵物語』で松田優作が乗っていたバイクだ。アイボリーに角張った車体がアンティーク感の中に前衛的な趣きを醸し出している。
手持ち無沙汰のハッカは無聊の慰みにとベスパのハンドルを握った。
唐鍔牧師や永久が何か正しいことを言っているのはわかる。けど、心がそれに追いつかない。その歯がゆさが、どうしようもなくハッカの胸を居た堪れなくした。
ここにいる人たちは変わっているがみんないい人たちばかりだ。けど心の距離は全然遠い。離れてる。
それはどこか天体同士の絶対等級にも似た錯覚で、光がそこにあるのはわかっているのに、手なんてまるで届きはしない。
ちょっと前まで、こんなことなかった。他人の気持ちなんて、考えるまでもなくいつもそこにあった。嬉しいとも、煩わしいとさえ思えなかった。けれど今はこの有様。

──いつものぼくは、どこにいるんだよ!

握ったハンドルのスロットルを、限界まで回し切った。
 バチッ。