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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第五章 『懺悔ホストクラブ祈り屋』

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「アーメン!」
「アーメン!」
「アーメン!」

 ──アーメン!!

 神を肯定する決まり文句で締めくくられた祈りの後には、異様な静寂と熱気とが礼拝堂の中に渾然一体となっていた。その空気は体育会系と通り越しもはや武闘派ヤクザの域にまで達していた。
「はい、それじゃあ今日の始めのお祈りもしたところで、礼拝営業を始めますか」
 パンと手を叩き、その場の空気を消し去る永久。
「アーメン!」
「アーメン」
 未だ興奮冷めやらぬ幾人かの美男子が永久の号令に熱の篭った声で返す。しかしすぐに足を載せていたテーブルを布巾で磨き、その後殺菌消毒スプレーを吹きかける。
 先ほどの非日常的な場面から今度は現実的な生活の一コマめいていて何だか妙にシュールだった。
「こんな人たちが……」
「ん?」
 ふと呟いたハッカに、永久は視線を落とした。
「こんな人たちが……ホスト、なんだよね」
「そうさ、俺たち執事會(ドツグズ)に所属する執事(ホスト)の存在そのものが、この祈り屋を懺悔ホストクラブたらしめている一番の要因さ」
「でその執事會(ドツグズ)、リーダーの永久クンが若年ながら執事長(ブラツクドツグ)ってわけ。でもいいの、そんなことして? だってここバプテスト教会っていうのの支店みたいなものでしょ?」
「あははは〝支店〟かぁ。面白い例えをするね麦ちゃんは。そう謂えば牧師(センセイ)も〝わたしはこの教会で〝神〟っていう商品を売りさばいていくのさ!〟って言ってけな~」
 腕を組みしみじみと過去を振り返り出す永久。
「そんなのどうでもいいから早く教えてよ。執事って教育実習生みたいなものでしょ」
「キリスト教の宗派にも色々と種類があるんだ。それぞれで教義やら秘跡(サクラメント)が違うんだ。経営方針の違いって言ってもいいかな? 他の大きな組織は大概縦割りさ。けどこのバプテスト教会って宗派は宗派であって宗派じゃないんだ」
 ハッカは首を傾げた。
「全体を司るシステムがないのさ。バプテスト教会系列の教会の基本原則は、各個教会主義っていって信仰のあり方を上から強制しないことなんだ。自分の信じるべきものは自分で見つけてみせろ、ってこと。これは自由主義神学なんかも絡んでくるんだけど、面倒だから割愛、割愛」
 両手をカニのハサミを模してチョキチョキ指を動かしおどけてみせる。
「まっ、要するに俺たちは俺たちのやり方で、俺たちだけのやり方で信仰や救済を求道しているだけなんだよ」
「いわゆるひとつの、業界の革命児ってやつ?」
「そうそう、それ! けどねぇ、他の教会からはメチャクチャ異端視されるは最右翼とか言われるはで風当たりは強いよー」
 そう言って、永久は自嘲気味に微笑んだ。
礼拝堂(ホール)の奥の階段からギシギシという家鳴りと、革の靴底とが織り成す硬質な音とが降ってくる。
「おはようございます(アーメン)、牧師(チヤペル)!」
「おはようございます(アーメン)!」
「お疲れ様です(アーメン)! 牧師(チヤペル)!」
 各自開店準備に取りかかっていた執事(ホスト)たちが、みな手を止めて階段から降りてきた黒の化身、唐鍔虎子に恭しく頭を下げた。
「よお、お前らのジーザスは今日も元気してるかい?」
「はい、それはもう元気ビンビンですよ!」
「そりゃ毎日いっしょに鍛えますからね」
「そうか、なら今夜もお前らのジーザスの愛で酒を酌み交わそうぜ!」

 ──応(アーメン)ッ!!

 男たちのかけ声で礼拝堂(ホール)が揺れる中、ハッカはこのどこまでも体育会系で武闘派なノリに食傷して溜息をついた。

† † †

 陽も暮れて久しくなった頃には歓楽街、夢路町は完全に機能していた。街灯以上に眩(まばゆ)く光るネオンに照らされた街並みは活気に満ち満ちている。
 けれどそれは夢路町中央の教会、祈り屋ではまた勝手が違った。電飾の類が一切なく、ガスの明かりで灯る古式ランタンが外門と正面入口の横にそれぞれ二つ設置されているだけ。しかし思い門扉の向こう側には賑やかで華々しい世界が広がっていた。
 あるテーブルでは、
「だから私は祈ったのですよ。『イエス様、どうせ人生を生きるなら、あんたのバカ、アホにしてください。キリストのバカにしてください。中途半端なクリスチャンではなくて、本物の、キリストを愛してやまないバカにしてください』と。だからここにいるのです」
「へぇ~」
 またあるテーブルでは、
「聖書の中にある話なのですが、税金をローマ皇帝のシーザーに払うべきか、それとも神に払うべきか、と訊かれた時にジーザスはこう仰ったんですよ」
「こう、って?」
「『銀貨になんと書いてある? シーザー? じゃあ、そいつに払いなさい。神に返すものは神に返しなさい』とね」
「ナニそれ、ジーザスチョーカッコイイじゃん」
 あそこのテーブルでは、
「私、〝フリ〟をして今日まで生きて来たんです。喜んでいるフリ、怒っているフリ、哀しんでいるフリ。そして……、生きているフリ。今さら人生に疲れた〝フリ〟をしたところで、何も変わらないっていうのに……」
「そんなこと言わないでくださいよ。まずは気持ちから変えてみましょうよ」
「気持ち……?」
「そう。
気持ちが変われば心が変わる。心が変われば態度が変わる。態度が変われば生活変わる。生活変われば性格変わる。性格変われば人格変わる。人格変われば人生変わる。人生かわれば運命かわる。
 聖書の言葉じゃないですけど、俺好きなんです、この言葉」
「あの……これ……バーボンです」
 ハッカはテーブルに就いて接客する執事(ホスト)にトレー酒瓶を手わたした。
「ああ、ありがとう。ご苦労さん」
 執事(ホスト)は微笑みながら受け取ると、ハッカの頭を撫でてやった。
 ハッカはすぐに反転してバックヤードへ戻ろうとした。すると、
「君もここへ来て何か変われたかい?」
 そんな台詞を背中に投げかけられた。
 ハッカは何も言えなかった。
 そして木製トレーを持ったまま永久がバーテンをしているカウンターへ赴く。
「やあ麦ちゃん、やってる?」
「何をさ」
「その調子じゃ、ここの仕事はまだ慣れてないみたいだね」
「うるさいな、ずっと見てたくせに」
「はは、拗ねない拗ねない。それよりも何か飲む?」
「キティ」
「おいおいいくらここが風俗営業してても未成年にお酒は出せないな」
「自分だって未成年のくせに……。じゃあキティのワイン抜きで」
「ただのジンジャーエールね。ちょっと待ちな」
 そうしてジュースが出てくるのを待っている間に、ハッカは礼拝堂(ホール)をしげしげ見渡した。
「はいジンジャーエール。何? どうかした?」
「え? いや……なんというか、やっぱりなんか異様な光景だなっと思って、さ」
「そんなに宗教が気持ち悪いかい?」
「──!」
 びっくりした。咄嗟に顔を隣へ向けると、そこには唐鍔牧師が悠然とスツールに腰をかけていた。
「よお永久。麦村はしっかりやれてるか?」
「あ、牧師(センセイ)」
 突然現れたこのホストクラブのオーナーは、バーテンダーにキールロワイヤルを注文する。
「はい喜んで!」
 場違いなノリで応答する少年バーテンダー。
「宗教って気持ち悪いよな。お前もそう思うだろ」