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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第四章 『虹蛇(ナギ)ノ杜(もり)』

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『そう儀式。さっきボクは儀式は意識がなきゃダメだって言ったけど、別にそれは無意識でもいいんだ。むしろそうなるまで生活に溶け込んでしまっているのがより好ましい。なぜならどんなに日常で磨耗しようとも、中身となる〝意味〟は決して乖離することはないからだ』
「ぜんっ、ぜん……わかんない。儀式ってそもそも何……だよ」
 ハッカはのどを押さえながら言った。
『儀式っていうのは日常の中にあふれた〝作業〟さ。たとえば朝家を出る前に必ず牛乳を一杯飲む子。バスや電車の中で本を読む子。トイレの紙をいつも無意識に同じ長さで使っている子。
 そして──、ケータイ電話の場面を覗いていないと落ち着くことのできない子供たち。ねえキミ、キミはなぜケータイがみんなの間で精神的支柱として機能──いや、言い方が硬いな。……依存されてるかのかわかるかい? ちなみに携帯依存症じゃないよ。あれはケータイ電話を通した人とのつながりを常に気にするあまりに出る強迫観念の一種だからね』
「ケータイ、依存……?」どこかで聞いたことがあった。これと同じようなことを、どこかで。「ケータイは、〝個〟を保証するもの……だから」
『へぇ。その心は?』
「……ケータイは目には見えない心の結晶のようなもの。……だからみんなはそれに自分を投影する。そこにはもう一人の自分がいるから」
『エクセレントだよ! まさしくその通り! それらの人が無意識的にとる作業的行動こそが自己を自己として至らしめる確認行為として機能しているんだよ!!
 ケータイもSNSも、すべては〝居場所〟。自己を自己として認識できないニンゲンは集団や社会といったより大きなものに縋り寄る辺を求める。集団の中であたえられた居場所ならば、人はそのリスクを背負わなくても済む。強固なシステムに組み込まれることで〝自分は一個の人間だ〟という幻想を抱いていける。矛盾していないかい大人たちの社会は? 大人とは実際のところ名ばかりで、結局のところは〝自分はまだ未成熟な子供〟という事実を有耶無耶に誤魔化しているだけなんじゃない?
 とどのつまり、ニンゲンは生まれてから死ぬまで〝子〟であり続けなければならない。〝個〟なんてものは幻想でずっと手に入れられないのさ。それこそ見えているのに手の届かない天頂の星にだって等しい』
「だったらどうすれば……」
『だったらどうすればいいかって! それこそが、ボクがさっきから終始一貫、徹頭徹尾のたくり回して上げている〝永遠〟と〝特別〟なのさ。いいかい、集団や社会にさえ溶け込めないキミら脆弱な子供が我を通して生きていくのがどれだけ大変なのかわかるかい? 集団の中で自己を投影するっていうのがどれだけ壊滅的な確立のもとに成り立っているのか、キミは何にもわかっちゃいない。自分の望む反応を他者に求めるのも、他者が自分に対して求めてくる応えを返すのも──不可能なんだよ。
 そんな天文学的に危うい橋を渡るくらいなら、人は孤独(ひとり)で生きていくべきだ。
 いや……、死んでいながらにして生きている夢を見続ければいいだけの話』
「どうやって……さ」
 足がよろけ、ハッカは片膝を床へついた。
『カンタン、ラクチン、モーマンタイ。この中で生きていけばいいからさ~』
先ほどまでの脅迫するような口調とは一転、再び元のおどけた道化のしゃべり方に戻った。そしてカレルレン以外のテレビに一斉にスイッチが点く。けたたましいほどのノイズ音が大広間全体を包む。モニターはみな砂嵐に画一されている。
頭が割れそうなほどの騒音にハッカは吐き気を催した。
「この中って……」
『キミはテレビの中に入ってみたいと思ったことはないかい?』
「は、ぁ?」
『あれは魔法の筺(はこ)で、あの中は別な世界とつながっている。もしくは筺の中そのものが異世界だと信じていた時期はない?』
「ないね」
『そうか。でも仮にテレビに映っている出来事が自分の知らないどこかで起きている事実だと理解していたとしても、それを現実として知覚・認識できている人間はそうはいないんだよ。
 なぜかって? 結局のところテレビという出力装置を使ったところでそれは現実(リアル)ではない。経験というクオリアは脳にインプットされることはない』
そう言ってカレルレンは画面に向かって指を差した。
『このガラスの画面という境界は謂わば〝第四の壁〟。キミら視聴者は画面の向こう側に干渉できないし、その逆もしかり。人の頭の中だって同じさ。人は人の頭に思い描いているイメージを見ることも触れることも理解することも知覚することも認識することもできない。
 ということはだよ? テレビの中って謂うのは誰からも干渉されないってことじゃない? この筺の中にさえ入ってしまえばもう誰からも否定されずに済むんだよ。ただただ自分を感じていればいい、肯定し続けてさえいればいい。究極の実在とは自己そのものなのさ。つまるところ、それ以外なんてものは有象無象の現象や情報でしかない』
「わかんない……オマエが何を言いたいのかゼンゼン意味わからない。……でも一つ言えるのは、それってただ夢を見続けているのとどう違うんだよ」
『同(おんな)じさ。〝現(うつし)世(よ)は夢、夜の夢こそ真実(まこと)〟とか仰ってくださったのは江戸川乱歩だったかな?
 たった一つの自意識を握りしめてさえいればいいんだ。そうすれば生きながらにして死んでいられるんだ。あれ? 〝死にながらにして生きていられる〟だったかな……? ま、いいよそんなのどうでも。どっちにしろキミはこんなところまで来てしまった。たどり着いてしまった。それだけは偶然でも必然でもなくキミがもたらした蓋(がい)然(ぜん)──〝力への意志〟だ。
 現にもうキミは堪(こら)えられないはずだ、この《カーバンクルキャンディー》の放つ魅力に。
 夢でもいいじゃない。一度このカイロスの檻(おり)へ入ってしまえばそれはもうキミの現実だ。
 ──って、おーい、聞いてるか~い?』
 聞こえていなかった。今のハッカにはカレルレンの小難しい話はもうすでに遠い。それよりものどが痛がゆい。焼けるように熱い。このキャンディーを口に含んでしまえば楽になる、そんな確信めいた想いがのどを突く。
『そういえばまだ──、キミの名前を聞いていなかったね。教えてくれるかな、キミの名前を』

「遍(あまね)くセカイの……、片すみで」

 ハッカはキャンディーをつまんだ左手を震えさせながら口に近付かせていく。

「渇えたのどを、」

 かちゃり。
 また鳴った。
 かちゃり、かちゃり。
 ハッカはキャンディーを落とした。それはカレルレンが頂くテレビの山の麓まで転がっていく。
『どうしたんだい? 落ちちゃってるじゃないか。それはお菓子のカタチをしてるけど実際はそうじゃない。それは《へびつかい座ホットライン》からサルベージされた膨大な情報の中でボクが再現、再構築できる数少ない研究成果の一つなんだ。
 それ一つがどれだけプライスレスな代物なのか、今までの説明でおおよその検討くらいつくだろう。