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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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玻璃の夏 ~狐の嫁入り物騙り~

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 後ろを振り向くと、そこには女の人がいた。白いワンピースを着て、大きな麦わら帽子から流れた長い黒髪は、ワンピースの裾とともに風に弄ばれている。
 僕は思わず、息を呑んだ。
 振り向きざまの一瞬、僕は彼女の姿にしっぽと耳をダブらせた。狐の、橙色のしっぽと耳を。そしてその顔に──。
「小姫……ちゃん」
 かつてこの島でともに遊び、笑い、そして約束を交わした少女の面影を、重ねてしまった。
「こひ……? なんですかキツネさん?」
 ──キツネ?
 歩み寄って来た女の人が、下から覗き込みながら尋ねた。それでやっと、自分の顔にはりついたお面の事を思い出す。
 気恥かしさが込み上げた。すぐに外そうと、頭の後ろで結んだ紐をほどこうとする……が、急いだせいで固結びにみたくなっているのか、弄るたびにきつくなっていく。
「ちょっと見せてください。無理にほどこうとすると余計に固くなっちゃいますから」
「え、あ……はい」
 言われるまま、身を反転させ後頭部をあずける。
「────」
「…………」
 なんなんだ、この降って湧いたような状況は、そしてこの沈黙は。
「はいっ。キレイにほどけました。気をつけてくださいね、丁度よくわたしが居合わせなかったら、あなたはこれからイナリ戦士『キツネ仮面』として、一生みんなから鼻つまみ者にされるところだったんですよ?」
「はあ……アリガトウゴザイマス、ナントオレイヲイッタライイカ」
「あれあれ、なんだか御不満そうですね。助けてもらっておいてその態度はないんじゃないですか?」
「いえ、感謝はしてますよ……ホントウニ」
「う~ん」
 そんな唸りながら睨まないでくださいよ、こっちの立つ瀬がないじゃないですか。
「まっ、ヨシとしましょう。こんなところで会うのも他生の縁かもしれませんし。ねぇ、少しお話しをきいてもらえませんか?」
 僕の手から狐面を取ると、それを自分の顔に当てて「カワイイですか?」などと訊いて来る。
 その異形めいた神楽の面は、若い女性が被るにはあまりにも突飛だった。が、「ねえ、どうですか? 似合いますか?」と、頭や腰をふるその仕草は、不覚にも愛らしかった。
 まただ。また僕は一瞬、彼女に狐のしっぽと耳を重ねてしまった。
 もしかしたら、と。期待めいた感情が萌え芽のように湧いて来る。
「子供の頃、わたしここで結婚の約束をしたことがあるんです」
 女の人のその言葉に、僕は瞠目した。
「いえ、正確には結婚の約束の約束、なんですけどね。結婚の約束をするから、また明日ここで会おうねっていう、そんな約束。ふふ、おかしいですよね」
 そう笑む女の人の口元から、ちらりと皓歯がのぞいた。僕はたまらず尋ねた。
「相手の子は……その約束を、ちゃんと守りに来たんですか?」
 いいえ、と女の人はやおら首を横にふる。
「でもね、その相手の子は、どうやら風邪をこじらせたみたいなんです。ひどい、それはひどい夏風邪だったようで、その子は……」
 女の人の雰囲気と声の調子に影がさした。僕はそれがいたたまれず、つい、
「もしかしてそのまま死んじゃったとか、そういうオチ?」
 会話のいやな流れを打ちどめようと、戯(おど)けた台詞を口にする。
 すると案の定、彼女は「いーっ」と口を尖らせた。
「ちがいますよーだ! ちゃんと生きてますー……たぶん」
「たぶん?」
「……風邪が治ったっていうのは人づてに聞いたんですけど、もうその子とは十年以上も会ってないんです。だから今、どこで何をしているのかも……全然、分かんないんです」
 言いながら、彼女は狐面の紐をするりとほどくと、ゆっくりと物憂いに翳る横顔を、僕にさらした。
 この暑い真夏の太陽の下で、全身が粟立った。

 ──その男の子は、いつもその狐のお面を被っていなかった?
 ──小姫ちゃん、僕だよ! 小狐だよ!

 どう言えばいいんだろう。何を言えばすぐに気づいてもらえるんだろう。伝えたかった、そして確かめたかった。
 震えて動かないのどは──言葉なんていらないと、必要ないと、そう言っているようですらあった。
 どこかに失くしてしまった欠片と、半身に、僕は再び巡り合うことが出来たのだ。
 まなじりを決し、痙攣するのどで唾を呑みくだし、まっすぐ彼女の瞳を凝視する。と、彼女はひまわりの微笑みをこちらに向け、僕が口を開けるよりも先に、こう──告げた。

「でもね、わたし今度結婚するんです」

 何かが、崩れ落ちる音がした。刹那、白濁した靄が、頭蓋の全天をおおう。
 ──けっ……こん?
──誰と、なんの為に!?
取り留めもない疑問が、浮いては沈みを繰り返す。
ただそんな中でも、僕は彼女から目を離すことが出来なかった。彼女の方も、僕を見つめるその顔に微笑みが消えることはなかった。
 そして彼女はそっと石畳を歩みだす。
「結婚が決まった時、わたしは子供の頃にした約束をふと思い出したんです。そしたら、長らく遠ざかっていたはずのこの島に、舞い戻っていました」
 僕らの遥か頭上を、飛行機が青空に白線を引くように飛んでいた。彼女はそれをながめながら、右手を軽く空気をつかむように耳に当てる。
「訊いてみたかったんですわたし、あの頃のわたしに。
 ハロー、ハロー。わたしは今でも、あの頃みたいに輝いていますか?
 汚れたりしていませんか?
 わたしは少しだけ戸惑っています。
 わたしがこの島を出たかわりに手にした憧れの自由は、あなたの持ってるビー玉といったいどっちが高価だと思いますか?
 わたしはよく分からなくなってきました。
 小さい時に作ったあの砂のお城は、今もちゃんとそこにありますか?
 寄せては返す時間のさざ波に、くずれちゃったりしていませんか?
 わたしは独りぼっちじゃありませんか?
 ハロー、ハロー。わたし(あなた)は今も、そこで笑ってくれていますか?」
 いつしか僕も、彼女と同じように視えない受話器を握っていた。
「答えは、聞くことが出来ましたか?」
 すると彼女は飛行機雲を見上げ一拍あけたのち、大きく両腕を広げた。
「あなたは永遠があると思いますか? それをただの言葉だと、思ってはいませんか? 永遠に憧れるその心が、美しく思えたりするだけだと、決めつけてはいませんか?
 沈みゆくこの島でも、毎年かならず夏は訪れます。蝉はどうしようもなくうるさくて、強い潮風にあてられると髪はすぐにちぢれちゃって。
 その一つ一つは、玻璃(ガラス)を通した景色(キオク)の欠片。
 たとえそれが砕けたとしても、その一粒一粒は、絶対になくならない原子の証。
 この世は原子の万華鏡。覗くたびに模様の変わる、思い出の残照。
 だから傷ついたりしないで。すくい上げたその砂は、握ってしまえば落ちるけど、でもなくなったりはしないでしょう?
 逆にわたしはあなたに訊きます。
子供ノコロニ 見テイタ世界ヲ アナタハ今モ 憶エテイマスカ?」

 ──憶エテイルヨ。

 受話器の先から、聴こえるはずのない声が、聴こえた気がした。
 彼女は急に恥ずかしそうに顔を赤らめると、麦わら帽子を目深にかぶって俯いてしまった。
「あはははは……なんてことを石動半島ココロ電波FMから受信したんですけど、すごく変……ですよね?」