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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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玻璃の夏 ~狐の嫁入り物騙り~

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 小姫ちゃんといっしょにいると、いっぱい視える妖怪も、いつしか当たり前の日常になっていた。
 毎日がまるで、マーブルのビー玉を太陽にかざした時に見える、ふしぎな光りで包まれているようだった。
「ねぇ……、小狐くん」
「なに、小姫ちゃん」
 夕暮れ。その日は神社で一日中カゲフミをして遊んだ。もう帰ろうね、って二人で話した時だった。先に石段をおりようとすると、小姫ちゃんがぼくのTシャツの裾をつかんだ。
「わたしさ……じつはキツネなんだ」
「うん、知ってるよ」
 何となくだけど、そんな気はしてた。
「やっぱり? ……じゃあ、このお面をとるとニンゲンの姿じゃいられないっていうのも、知ってる?」
「そうなの?」
 小姫ちゃんはこくりと、えんりょがちにうなずく。
「もしかして、ぼくのこのお面もそうなの? なくても小姫ちゃんのことは見えるけど、妖怪は視えないもの」
「うん、みんなには小狐くんが本物のキツネに観えてるんだよ。それと、この子たちは妖怪じゃないよ」
 小姫ちゃんは、宙を泳ぐヘビの流れにそって白い腕をさしだした。
「わたしやこの子たちは〝もののけはい〟。みんなみんなそれぞれ意味を持ってそこに在るの。だからね、わたしおもうの。小狐くんがお姉ちゃんの嫁入り行列の時にわたしの〝けはい〟を感じてくれたのには、きっと意味があるって。だからね、その……ね」
 どうしたんだろう小姫ちゃん。お腹でも痛いのかな、うつむきながら、手と足の親指をこちょこちょしだして。
「約束……してほしいの」
「約束って、どんな?」
「明日もし、おたがいのお面をとってもいっしょに遊ぶことが出来たら……」
 ──できたら?
「わたし、小狐くんのお嫁さんになってもいーい?」
 うれしかった、まさかぼくだけじゃなくて、小姫ちゃんもぼくの事を好きでいてくれたなんて。
「じゃあ、指切りして」
 小姫ちゃんの小さくてやわらかい小指に、ぼくはそっと日に焼けた小指をからめた。
「じゃ、また明日ねー」
 家に帰る途中、お面もしてないのに〝もののけはい〟を視ることができていたけど、そんなことはもうどうでもいい。早く家に帰ったお風呂でバシャバシャさわぐか、おふとんの中で今日あった出来事を思いだしながら手足をバタバタさせたかった。

 次の朝、ぼくは突然の風邪にたおれた。昼ごろになると熱は四十度をこえていた。
 お父さんやおじいちゃんたちは、押っ取り刀でぼくを本土の病院へつれていこうとしたけど、その日ちょうど、島には台風五号が直撃していた。
 そのせいで本土へいく電車はストップし、おじんちゃんの船もとても海に出られなかった。
 ──こひめちゃんとのやくそく、まもれなかったなぁ……。
 ぼんやりした頭でも、それだけがどうしても気がかりだった。
 ──ないて、ないかなぁ……。
 昼も夜もなく横になりつづけ、いったい何日間ここでこうしているのか分からなくなってしまっていた。僕のとなりにいたお母さんは、看病でつかれて寝てしまい、ぼくは一人で夢とも現実ともつかない意識の中でうなされていた。
 するといきなり、ぼくの寝室の障子が開け放たれた。そこから部屋に入ってくるのは、キツネ行列でいっしょだった二匹の大人のキツネ。後ろ足で立って歩き、股引に簡単な小袖に腕を通した格好をしている。
「いよう、辛そうだな坊主」
「〝もののけはい〟が感じられるようになったからって、はしゃぎ過ぎたな。おかげで十や二十じゃきかないくらいの雑(ざつ)鬼(き)がお前さんの身体に棲み憑いちまったじゃねぇか。このままほっといたら死んじまうぞ? おい」
 ──いまのぼくには……ふたりのいってることの……はんぶんも、わからない。
「ああ、ああ、いいって、いいっていちいち反応しなくても。俺たちもお嬢に言いつかって来ただけだから。じゃあお前そっち持って……いっせーのーせっ!」
 ──よくじょうきょうが……のみこめないけど……このふたりがしたのは、おふとんのじょうげをひっくりかえした、だけ?
「さあ、これで明朝にはよくなってるだろ」
「もし俺たちが何をしたのか知りたかったら、『死神』って落語の演目を聴きな。面白いから。じゃあな」
 そう言って、キツネたちはもと来た障子から消えてしまった。

 朝になると、風邪はすっかりよくなっていた。ついで言うと、台風も昨日の夜のうちに通り過ぎていた。
 ぼくは今すぐにでも小姫ちゃんに会いにいきたくて、神社にいくと言ったけれど、まだ安静にしていなさいと、その日は一日家から出してもらえなかった。
気づくと、ぼくはあの妖怪たち──〝もののけはい〟を、感じれなくなっていた。
 そうしてその次の日は、島から帰る日だった。
 本土への電車は朝・昼・晩の三本しかないので、ぼくらは朝一で発つ事になった。でもどうしても小姫ちゃんとの約束が気がかりだったぼくは、島の無人駅から飛び出して神社へ向かった。
 でも、境内には人っ子一人いやしなかった。
 ぼくはさけんだ。「小姫ちゃーん! 小姫ちゃーん!」て。でも、聴こえてくるのはうるさい蝉の合唱ばかり。
ぼくの好きだった女の子の声は──もう二度と返ってこなかった。

          ………

 一頻り思い出に浸ったところで、僕はまた一本煙草を燻らせる。
 あの後、僕は持っていた狐面をこの社殿へと返した。もうこんな物を被っても、何も視えはしないのは分かっていたから。
いや、違うな。怖かったんだ、たぶん。もし、これを使っても、小姫ちゃんという〝もののけはい〟を感じれなくなってしまっていたら。そう思うと、二の足ばかりが宙を泳いだ。
現実を直視するのから逃げたんだと、僕は思う。
「……現実?」
 現実っていうのは、ビー玉を散りばめたあの一夏の思い出のことなのか、それともその後のただただ僕という存在を漫然と蝕み続けて来た、この煙草の煙のような灰色の日々だったのか。
「僕にはもう……、分からなくなってしまったよ」
 あれからずっと、僕は〝フリ〟をして今日まで生きて来た。喜んでいるフリ、怒っているフリ、哀しんでいるフリ。そして……、生きているフリ。
 誰にも理解されない孤独を胸に、遍くセカイの片すみで、渇いたのどを掻きむしっていた。
 それでも、僕にとってこの島が変わらずここにあり続けているというのは、紛れもない救いだった。彼女と過ごした夏は、島という結晶として僕が死んでもそこに永遠に存在し続けるのだと、そんな無根拠な安心感があった。
 けれどもこの島はあと数年の寿命ののち、海へと沈み──泡沫(うたかた)とともに散ってしまう。
 それを、僕はここに来て思い知らされた、打ちのめされた。
 手にある狐面を一瞥して、最後に一度だけ被る事を決意する。もし、これで何も視る事が叶わなければ、僕は心の端っこを切り捨てて、この島に埋めて帰ろう。
 目を閉じて、静かに仮面へ顔をあずける。
「……、……くっ」
 ──怖くて、目蓋を開ける事が出来ない!
 ──またっ、僕は失ってしまうのか!?
「あれ、先客さんですか」
 唐突に、背中で柔らかな声がさえずった。