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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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玻璃の夏 ~狐の嫁入り物騙り~

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「ええ、すごく変です」
 そう返すと、彼女の表情からは今にも「ガーン!」という効果音が聴こえてきそうだった。
「すごく変ですけど……僕もその〝すごく変〟の一人なので、嫌いじゃないです。すごく変ですけど」
 そうして、僕らは申し合わせたように打ち笑んだ。
海から昇る潮の香りと、濃い草いきれでむせそうになりながら、僕らは膝を交えて子供の頃の思い出を語り合った。
いつとはなしに日は暮れだし、黄昏を告げるひぐらしが鳴きだしたころ、彼女は会話を打ち切るようにしずしずと立ち上がった。
「電車が来る頃だから、わたしもういかないと」
 夕暮れは、どこか彼女の面差しにも影を落としているようだった。
「なら見送ります」
 いっしょに石段を下りてみると、おそらく満ち潮だったのだろう、海岸線沿いの県道は来た時にもまして水位が高くなっていた。
 男の僕なら濡れるのは腰までだが、女の子の人の場合はそうもいかない、か。よし!
「え……?」
「乗ってください、急がないと、帰りの電車がいってしまいます」
 僕はその場にしゃがみ、彼女が背中に乗ってくれるのを待った。彼女は少し躊躇いながらも、そっと体重をかけて、僕に身体を預けた。
 背中から感じる温もりと重さをたしかめながら、足を港へと進めた。
「この時間が永遠に続けばいいのに」
 なんてことは、頭の中で思っただけで、口には出していない。出せるわけがなかった。
 そうしていつの間にか、僕らは無人駅へと辿りついていた。辿りついて、しまっていた。
 駅にはもう一両だての電車が来ていて、僕が「どっこいしょ」と言いながら降ろしてやると「わたしそんなに重たくないです!」と軽く背中を叩かれてしまった。
 僕らはホームと電車で向かい合った。
「…………」
「────」
あれだけ色んな話をしたのに、不思議と別れの言葉が出てこなかった。
 発車のベルが鳴り響く。もう開閉ボタンを押してドアを閉めなきゃいけない。
 僕は不意に、なぜか男である事の責任感のようなものを感じて、何も言わずにボタンに手を伸ばした。こういうなんの言葉も交わさない別れがあるのだと、どこか体育会系めいた美学が過ったのかもしれない。けどその時だった。
「アリガト、じゃあね────小狐くん」
 ドアが閉まる瞬間を見計らったように、彼女はその言葉を投げかけた。
 そうして、花嫁を乗せた電車は発車した。海の上を、気持ちよく走っていく。
 僕はおもむろに手にしていた狐のお面を顔に重ねた。
すると遠くにみえる対岸の街の灯りと、電車のヘッドライトが合わさって、まるで海を移動する狐の嫁入り行列のような光景が、僕の目の前に広がったのだ。
やっぱり彼女は──本物の狐で、僕の大好きだった小姫ちゃんだったんだ。

日はすっかり暮れ、星が歌うように瞬きはじめた頃、ふっと夜空を仰いでみた。右手には、視えない受話器をにぎりながら。

「宇宙はどんどん膨らんでいく。それと同時に冷めてもいく。
僕ら人間も、どこか宇宙みたいに冷めながら、少しずつ大人になっていくのかもしれない。
時はただ冷静に、現象と沈黙の中で人と物とを変えてゆく。
それは、温(ぬる)めの方程式。
それでも、地球(ぼくら)は旅をする。時速十万七千二百八十キロの速さで、〝今日〟という日の旅を続ける。
…………だけど一年後にはまた、こうしてまた故郷へと帰って来る」

 ──オカエリナサイ。

 それは、夏の声。〝もののけはい〟の囁きが夏の調べとなって、そっと僕の耳元を薙いでいった。