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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第二章 『ケータイ交霊術』1

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「ホントそういうとこ、ネコっぽいよね、ネコくんはさ」彼女はハッカの髪を軽く撫で散らかした。「めずらしく真剣に人の話聞いてたと思ったらすぐこれだ」
 人差し指をハッカの頬にさし、「うりうり」とでも言わんばかりに押し当てる。
「チェーンメールだよ」
「……何が」
「虹蛇ノ杜へのアクセス方法」
 そう言うと少女はおもむろにポケットから携帯電話を取り出した。二つ折りを開き、それをハッカの方へ向けた。待ち受け画面には少女とその恋人と思(おぼ)しき男性の姿がある。少女はその待ち受け画面を、赤い鳥居のシンボルの画像にさし変えた。
「そのチェーンメール、ケータイ交霊術(コツクリさん)っていうだけどね、ほら見て、二つ折りケータイを開いてみるとさ、なんかコックリさんをする時に使う台紙に似てない?」
 五〇音、数字、アルファベッドは備えつけられている文字キーが担い、〝はい〟と〝いいえ″はそれぞれ発信キーと終了キーとが当てはまる。最後に液晶画面に赤い大きな鳥居が陣取れば、まさしくそれはコックリさんを召喚(よ)ぶために使う儀式道具そのものだった。
「ふぅん……ケータイ、交霊術(コツクリさん)ねぇ」
 それは心底「どうでもいい」とでも言いたげな心ない返事。ハッカは体育座りで抱えた両足を居直らせ、膝の間にできた隙間に顔を埋めた。
「なになに? コックリさんだよコックリさん。キミたちくらいの年代が一番食つきのいい話題じゃない」
「狼少年ニューヨークへ行く」
「うん?」
「胡散臭いってこと。ただでさえあれはあるかどうかもあやしいまぼろしの神社なのに、それにアクセスする手段がケータイでするコックリさん、しかもそれがチェーンメールだなんて……イミフにイミフをぬり重ねたんじゃマユツバもいいとこだよ。ぶっちゃけ、イマドキ小学生だってホンキにしないよ」
「アハハハハハハっっ──相変わらずネコくんは辛(しん)辣(らつ)だね~、それに可愛いのに可愛くない! けどそれが逆にカワイーッ!」
 少女はこれでもかと言わんばかりにハッカの頭をもみくしゃに撫でる。
 ハッカはそれに最初こそ無抵抗だったが、耳の孔に指を入れられた途端「止めて」と冷厳な声と態度で少女の手をはねのけた。
 それでも少女は何が面白いのかにこにこと笑うばかりだった。
「おんなじなんだよ。目には見えないから信じてもらえない神サマも神社も……、そんでもって人の心も」少女は穏やかな口調で話し続けた。「アタシはさ、目に見えない幽霊や狐と交信するためにコックリさんがあるのとおなじように、人の心っていう目には見えないモノをわかりやすいカタチにしてあつかいやすくしたのが、ケータイ電話なんじゃないかなって思うんだ」
 ハッカは何も口にせず、ただ静かな面差しで少女の顔を見上げた。意に介しているのか介していないのか。その様はまるで、少女が言うように街の片すみで人間の言葉に耳をそばだてる小さな哲学者(ノラネコ)然としていた。
「人の心そのものは視えないけれど、この小さなプラスチックと金属のカタマリはボタンひとつでずっと離れた人とコミュニケーションができる。それで着信履歴とかメールの送信・受信ボックスから他人と交流したアトがしっかりと残ってる。
 誰かと心を通わせた痕跡がちゃんとカタチに残ってるんだよ。
 さっきネコくん言ったよね。〝人と人の間には視えないスキマがある〟って。たしかに人と人の心の間には壁やスキマでへだたれてるかもしれないけど、ケータイはさ、そのスキマを埋める橋渡しとしても機能してるんじゃないのかな?
 人ってみんな〝独りぼっち〟だって言うけど、結局は集団に依存したがるじゃない。ケータイは無意識にまわりとつながってるっていう安心感をあたえてくれてると思うんだ。
それでいて〝個〟──個人っていう人格すらも保証してくれる。ようは壁だよね、ネコくんの言葉を借りれば。相手から必要以上に干渉されないからね、メールの内容を見るのは個人の自由だし、着信拒否だってできるし。え~とたしか……、こういうのを心理学用語でなんて言ったっけ? パーソナル……、パーソナル~……」
「パーソナルスペース」
「そう、それそれ! 心の個人領域!
 だからさ、思うんだよアタシは。ケータイはアタシたちの心を物質化したモノ。等身大の自分自身を投影した分身──鏡なんじゃないかなって。
ほら、みんな駅や電車の中で特に用もないのに何気なくケータイの画面を開いたりするじゃない? ああいった習慣づけられた日常の作業の中で、人は自分がいったいだれなのか、なにものなのかを確認してるんだよ。きっと」
 そう言って言葉を切ると、少女は渇いたのどにコクリと小さく唾を飲み降した。そしてしばし、ハッカの言葉を待った。
「ふぅん……それってつまり、ケータイは〝心〟っていう目には視えない存(モ)在(ノ)を理解するための翻訳機(コミユニケーシヨン・ツール)で、同じく目に視えない〝神サマ〟を理解できるってことだよね。
それに加えてなんの前ぶれもなく、どこからともなく着信がくるチェーンメールはさしずめ〝御(お)告(つげ)〟ってとこなのか」
「おっ、さすが聞き上手なネコくん、理解が早いな~」
 少女はいつになく返答の言葉数の多いハッカに気をよくし、語気の調子がみるみる上がっていく。
 するとそんな少女に、ハッカは「じゃあ」と続けた。

 ──願いは何なの?

「え?」
 かすかに上擦った声。
「アンタは〝何でも願いを叶えてくれる神社〟への行き方がわかったんだろ? ならいったいなにをお願いするのさ」
「あ、あ~……そうだね~」
 空中で人差し指を泳がせながら、視線もどこか宙ぶらりんにたゆたっている。
 しばらくして当て所ないのを観念すると、少女は真剣な面差しに居直った。
「否定して、やりたいんだ」少女はまだ雲の晴れない空を見上げる。「今までのアタシそのものを」
 ハッカは聞きながら半開きの目蓋を開けた。
「こうやって高いビルに囲まれて雨雲が上にのっかてちゃ空がずいぶんと低く感じるよね~」
 そう言って少女は上に向かって腕をのばしたが、すぐに顔といっしょに下へ降ろした。
「アタシバカでガキだしさ~。売春(ウリ)とかでしかお金稼げないし。カレシの借金だって日に日に増えてくし……。アタシもね、わかってはいるんだよ、このままじゃいけないってことぐらい」
少女は苦虫を噛むように下唇を噛みしめながら、下腹部をさすった。
「それでもいいって思ってた、バカのままで。だって楽なんだもん。むずかしいこと考えなくていいし、いちいち悩む必要だってない。
けどさ~、やっぱダメだわ、現実はどこまでいっても現実で、過去はどこまでいっても過去だもの。くつがえせないし変えられない。
 だったら否定するしかないって思った。こんなの絶対に本当のアタシじゃないって。だから上から塗りつぶすなにかがあれば、って。
実は別に願いなんて言うほど、別にたいそうなものはのぞんじゃいないんだ。ただ苦い現実(コーヒー)を少しだけやわらげてくれる夢(ミルク)がほしいだけ」
そう言って少女は「バカみたいでしょ?」とはにかみながら笑った。
するとハッカはスクランブル交差点へと向けていた視線を少女へと移した。