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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第二章 『ケータイ交霊術』1

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「またコンビニで買ってきたの? いくら作ってくれる人がいないからって、そんなのばっか食べてたら大きくなれないぞ。あっ、アタシが作ってあげよっか? ハッカくんの社宅とうちのマンション近いし」
「……いいですよ。お姉さんいつも遅くまでお仕事いそがしそうだし。……それに、」
「それに?」
「それにあんまり優しくされると……スキになっちゃいますよ? その、ぼくだって男だから」
「──んふっ。あいかわらず愛いやつじゃのうおぬしは。はい、これ。お父さんのオフィスの鍵ね」
 そう言って、二〇代前半ほどの若い女性はハッカの柔らかい髪を確かめるように撫でると小さな金属片を手渡した。
「ありがとうございます。それじゃあお仕事がんばってください」
「キミもいつまでも会社にいちゃだめよ。居眠りなんかして警備員さんに迷惑かけないように」
 デスクから身をのり出して見送る女性に、ハッカはたおやかな笑みで返した。
 そうしてエレベーターの中へ消えていく。
「ホント、最近よく思うんだけど、あんたっていつの間にショタコンになったの。前はオジ様オジ様って、古株連中に色目つかってたくせに」
 ハッカと会話していた女性の隣に座っていたもう一人の女性が口を開いた。
「ちょっと勘違いはよしてよ。たしかにあの子は可愛いわよ? アルビノで赤ちゃんみたいな白くて柔らかそうな肌とか。灰色の瞳とか髪とかちょっと他にはみないけど……」
「そんだけ見てれば充分ショタコンの気ありよ。この犯罪者」
「だから違うんだってば! 前にも言ったと思うけど、アタシ帰る時あの子を会社の近くでみかけたのよ。なんかつまんなそうと言うか、退屈そうというか、とにかく独りでぼうっとしてたのよ。帰り道も途中まで一緒だし、あの時は彼氏とも別れたばかりだったから、つい人恋しくなっちゃって夜ごはんおごるって言って愚痴きかせちゃったのよ」
「えっ? 私はてっきりあの子をダシにお父さんの麦村部長を捉まえるつもりだと……」
「あのね、いくらアタシだって会社の中でぽんぽんぽん不倫はしないってば。それに麦村部長はまだオジ様ってほど歳食ってないし。……ぅ、でも、そういう願望も少なからずはなにしも非ずだったけど……」
「ほら、言った通りじゃない。父と息子の〝親子丼〟シャレになんないって」
「でもさ、ホント不思議なのよ、あの子。子供だから特に的確なアドバイスしてくれるわけでもないんだけどね。でも、簡単な相槌や笑顔で返されてると、いつのまにか言うつもりもない愚痴をぺらぺらぺらぺら喋ってるのよ、アタシ。
 で、もう話すことがないってとこまで行くと、肩こり・腰痛・生理痛がいっぺんに取れたみたいに気持が軽くなってわけ。
 だから恋愛対象がどうのこうのとか、お父さんがとかじゃなくて、一緒にいると楽なのよ。あんたといつも受付で一緒にいるよりも」
「そりゃ悪うございましたね。どうせわたしは高校からの腐れ縁ていどの仲でしょうよ」
「まさか拗ねてるの? 小学生の男の子に?」
「うっさいわね! ──でも、いったいあの子なにしに来てるのかしらね。お父さん今イタリアで建造中のファウンデーションの現場主任でずっといないはずよね? そういう事とか訊いてないの?」
「さあ? アタシあの子自身にはそこまで興味ないし」
「うっわ。それちょっと酷くない。さっきまで散々あの子のこと立ててたくせに──」
 と、さばさばした方の女性は言いかけて正面へ向き直った。
「あの」
 メタボリックな腹をゆらした三〇代ほどの男性が、二人が構える受付カウンターへやってきた。
「いらっしゃいませ。わたくしたち受付担当を任されています羽汰と賀田がお相手させていただきます。本日はどのようなご用向きでいらしたのでしょうか」
「あ、はい、先日資材課の野々村様から打ち合わせを頂きまして、本日の六時半というお約束だったのですが、確認をお願いできますでしょうか」
「はい、お調べしますので少々お待ち下さい。……はい、確かに受け給わっております」
「それとゲストパスタグをお作りいたしますので、名刺を一枚こちらへ頂けますか」
 先程までガールズトークに花を咲かせていた二人の受付嬢は、今度は打って変わり営業スマイルで対応した。

        † † †

 父親の執務室で二時間ほどの睡眠をとったハッカはビルを出て、完全に日の落ちた夜の街を歩いていた。夕方から冷え出した空気は、こと夜にいたって肌寒さを増している。ハッカは小脇に抱えていた雨具を羽織り、ジッパーを上げる。
 このカッパは梅雨に向けて先行発売された婦人(レデイース)物で、全体は青みがかったスケルトン。ジッパーやボタンなどの小物にはカラープラスチックが散りばめられ、ファッション性はかなり高い。それに熱を逃がさない新型のビニール素材は、夜気から体温を守るには最適だ。
 ちなみに先程まで父親の部屋にいたハッカだが、散らかしたゴミはうっちゃらかしたままで出てきた。汚しても、どうせ清掃員の人が片づけてくれるし、逆に仕事をとっちゃまずい。というのが、ハッカが自分自身に言い聞かせている屁理屈だ。しかしそれを抜きにしてもハッカの物臭さには筋金が入っている。
 そうして一〇分ほど歩いていると、道の両端のイルミネーションが、徐々に明るく、また派手な装いになってきた。
 場所がファウンデーションの中心街(セントラルエリア)の中でも、俗にいう繁華街に近いからだ。
 夜でも多くの賑わいを集めるファウンデーションは、夜景の名所としても名高い。クリスマスでは隣接するオフィス街でも明かりが灯され、テレビ中継もされる。
 が、しかし。どんなに有名な所でも、夜の繁華街に子供が出歩いているにはあまりに場違いだ。
警察にだって補導されかねない──はずだが、警察は正式な司法手続きを踏まなければファウンデーションに入れない。
ここでも警備会社のアトラクインヒビターや、もしくは商業組合などが見回りをしている。それに街の中にはいたる所に監視カメラの〝眼(レンズ)〟が光っている。
それでもハッカは誰にも注意されなければ、一般人からも気を留められない。気配を消すのが単純にうまいのだ。ハッカの立つ地面からすっぽり闇を被っているように、空間そのものから人が発する雰囲気を感じさせない。
けれどあくまで他人に気を悟られないだけなので、人と眼が合いそうになった時や視界に捉えられた時は、年配のおじさんやおばさんの後ろについた。こうすれば傍目から見れば親子などに見られなくもない。
そのままてくてく目立たたずに歩いていると、ハッカはもっとも人の集まりが多いセンター街まで来ており、そこで歩みを緩める。
するとテナントがつぶれて久しい、うらぶれた雑居ビル前の階段に腰かけた。その場所からはファウンデーション一大きいスクランブル交差点がよく見えた。
「……………………」
 それからはひたすら、自身の前を通り過ぎていく人の波を観察する。何か目的があるわけでもない。誰かを探しているわけでもない。それなのに、ほぼ毎晩のようにここに訪れては人間観察を続けている。