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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第一章 『首吊り御伽草子』

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 いつの間にか、儚の口調と態度は元のか弱い様子に戻っていた。下唇を噛みながら、俯き加減で少年の顔色をうかがう。
「ヤダね。こっちはキチョーな時間と労力をオマエなんかのために使ってやったんだ。あんまりチョーシのってると二度と口きかないよ」
「でも、でも、でも! もう夕方だし。それにブレインジャック事件とか、夜になればケータイクラッシャーっていう怖い怖い人たちがいるんだからさ、きっとハッくんにとっても悪い話じゃないはずだよ! それに何より……儚がさびしいよ」
 どうしてもハッカを取り留めておきたい儚。自然その語気は強まりをます。
「誰もオマエなんかの都合で生きちゃいないさ。それにたとえおそわれたって、そんなの死ぬのが少し早まるだけだろ。だったらなおのことカンショーされたくないね」
 詮無い言葉で返すハッカ。その目線を決して儚と交えない。
『ああ、ああ。お前みたいな生意気な小僧、今出た〝けいたいくらっしゃぁ〟や辻斬り、通り魔にでも襲われるのがお似合いだ』
「真神サマは黙ってて!」
『ヌっ……』
 儚の迫力に気圧される真神。どんな相手にでも噛みつく狂犬も、主人にだけは弱かった。
「……ハッくん。儚しってるんだよ? ハッくんが夜に人がいっぱいあつまる……中心街(セントラルエリア)に出てるって。し、しかもそこで……お、女の人と……その、え、援助交際をしてるって」
『はぁぁぁッッ!? 貴様ガキのくせにそんな艶聞、浮名を馳せていたのか!
くそっ、捨て置けねえなあ、そんなマセガキが傍にいたら儚に菌が移る。エロエロ菌が!』
「だから真神サマは少し黙ってて!」
『けどな儚──』
「いいから!」
『わ、わかった……』
 真神の頭が、くてっと意気消沈して項垂れる。
「ふーー……、ふーー……」
 目を血走らせ、鼻息荒く目の前の少年を見下ろす少女。
「それで、オマエはどうしたいんだよ」
 顔色、声色、ともに焦り一つなく平坦に言い捨てる少年。
「は、儚の言うことを聞いてくれないと、みんなにそのことをバラしちゃうんだから」
「いいよ、別に。ぼくにとって〝あんなの〟フツーだから」
 少女を嘲るその目は──「言えるものなら言ってみろよ、ネットの掲示板にだって書き込む勇気すらないくせに」と告げていた。
「バカにしないで! ホンキになればそれくらい──」
「〝できる〟とでも?」
「うっ……」
「まっ、したらしたでいつも言ってるように絶交だけどね」
 嘲笑うハッカに、儚は言葉を呑み込む。
 小学生と高校生の幼馴染の──歪な関係。いつから二人がこうなってしまったのかはもう本人たちでさえ憶えていない。それでも、この一連のやり取り自体、別にさして珍しい出来事でもなかった。
イジメで物を失くし、放課後男の子を待ち伏せていっしょに探させるのも、本当に幾度となく繰り返されてきた行為。それを自分勝手な関係妄想で引きとめるのも、すべては思考することすら必要としなくなった儚の条件づけ行動。
──〝パブロフの犬〟現象。
少女が少年との希薄な繋がりを確認する〝作業〟として機能している脳内返答例題(スキーマ)。

 空っぽな心ですべてを許容してしまう少年。
 対人障害を患い幼馴染に共依存する少女。
 一見決して交わることのないように思える平行線は、その実互いに背中向け合った双子の神──〝鏡(ヤヌス)〟なのかもしれない。

「じゃ、ぼくは今度こそ帰るから。オマエは駄犬サマとでもチチクリあってるのがお似合いだよって」
 そう言って二(に)度(たび)踵を返す。
「待って!」
 背中を向けたハッカの服の端を、儚はまたもつかんで止める。
「……はなせよ」
「やだッ!」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 …………………………………………。
 二人の沈黙が、赤い教室の床に沈殿する。
「お……、お金がほしいの?」
 先に口にしたのは儚の方。
「それともただ……、エッチなコトがしたいだけ? たしかに儚はあんまりお金持ってないよ? で、でも、学校の保健体育の勉強で、やり方くらいしってるし、その、ハッくんが少しでも満足できるようにがんばるからさ…………だから、ね?」
 伏し目で訴えかける儚は、つかんだハッカのTシャツをギュっと自らの内股に引き込む。その顔は少年の名前のように今しも発火(ハッカ)を起こしそうなほど赤い。
 それは教室の窓から射し込む夕陽のせいか、それとももっと他の理由か。
 どちらにしても異常な顔容(かおばせ)には違いなかった。
『まっ、まままままままままままままままままま、待て儚!! 軽挙妄動とはこのことだぞ! お前の操は婚姻を結ぶまで儂が大切に護ってみせるとあれほど────ムグッ!?』
 動揺を隠せない真神は儚の隣で騒ぎ立てたが、すかさず主に口を塞がれ、そのままブレザーのポケットに詰め込まれてしまった。
 そのたわんだポケットは、まるで真神がもがいているよう。
 ハッカは鼻をひとつ鳴らすと、儚が掴んだTシャツの裾を引き抜く。
「あっ」
 追い縋る儚。が、ハッカはすぐに後ろへ向き直って少女の瞳を見上げる。
「ふぅ~ん。今日は本気なんだ。いいよ、その勇気は敬意に値するよ」
 本来の年齢や性別とはかけ離れた、どこか蠱惑的な笑みを浮かべる少年。
「ハッ……くん……?」
 それに魅了(あ)てられたのか、少女の瞳孔は開き、口も渇いて心臓も激しく胸を打ちつける。
 そしてその態度をどう捉えたのか、儚はそっと眼を瞑り、あごを前に傾け唇を唾液で濡らした。
 夕陽で照らされた放課後の教室に、一組の男女。まるで理事長に強要された人形遊びの焼き直しだ。
「…………ふん」
 けれど何が気に食わないのか、ハッカは急に不機嫌そうに眉と目尻を歪ませる。するといきなり儚の太腿の横に蹴りを入れ、そのまま床へ跪かせた。
「な、ナニ? すごく痛いよ」
 びっくりして目を開けようとする儚に、
「あの位置でどうキスしろって言うんだよ」
 と言って儚の眼に手をかざした。
 それで納得がいったのか、再び儚は目蓋を落とし、両手を祈るように胸の前で組み合わせる。
「────────」
「……………………」
 時を凪ぐような静寂が、しばし二人の間で交錯する。
 少女の主観では、それこそ一瞬が無限にも似た永久(とことわ)に感じられたことだろう。しかし今か今かと待ち構えた彼女を迎えたのは、痛烈ともいえる洗礼だった。
 ぐっ、ぐぐぐぐ、びちっ。
「イタっ!?」
 前髪で隠れた富士額の山麓に衝撃が迸る。
「デ、デコピン?」
 恐る恐る涙目を開いた先に待っていたのは、自身の額からのびる少年の中指だった。
「くっ、くふふふふふ……」
 くぐもったせせら笑いが響く。
「なでに?」
 儚は鼻水を詰まらせ濁った声で訊ねたが、
「なんでって、そりゃ。口と口でキスなんてしたら──子供ができてオマエとケッコンしなくちゃいけなくなるじゃん?」
 年相応の無邪気な子供の声音で笑い返されてしまった。
「え?」
 きょとんと見返す儚。その胸には、さきほどの高鳴りとは別の何かが染み広がっていた。
 それで力が抜けたのか、立てた膝が崩れてお尻がペタンと床に落ちる。