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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第一章 『首吊り御伽草子』

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 かくいうこの二人の少年少女も、親がターミナスの関係者だ。つまりは入学試験も学費も免除の、会社の次代を担う幼いエリートという事になる。

 そうして学園の敷地内を横切っていき、高等部の生徒昇降口から校舎の中を進む。ちなみに上履きのないハッカは職員玄関からスリッパを無断で借りて来ている。
 高等部校舎もまた、初等部の校舎同様に閑散と静まり返っていた。
 さすがに高校生にもなって集団下校を強要させられているわけでもないが、部活動は全面的に活動禁止となっている。
 それでも教師や校務員などの大人は何人も残っているため、ハッカたちは物音を立てずに静かに移動する。
「ふんふんふ、ふんふんふ~♪」
 鼻歌交じりで足と肩を躍らせる儚。
「ここ、ここ。ここが儚の教室」
 自身の教室の引き戸を指さす儚は、なぜか得意げだった。
「知ってます。ほとんど週一のペースで来てるからよ~く存じてます」
 それをうんざりと吐き捨てるハッカ。
 上のプレートには〝二年C(チャーリー)組〟と記されている。
 ガラガラっと白い戸をスライドさせて中へ入ると、教室は窓から差し込む西日で真っ赤に染まっていた。
「で、どこでなくしたんだよ」
「え~と、ね~。たしか六限の体育の時に机にしまってたから、もしかしたらちゃんと隅々しくすれば見つかるかもしれない」
〝隅々しくすれば〟とは、おそらく〝隅々まで探せば〟という意味だろう。
 ハッカ同様に友達のいない儚は、会話する相手がいないため、一六になった今でも日本語が危ういところが、ままある。
 儚が自分の殻に閉じこもり、空想や自問自答で育ったのであれば日本語を独自昇華していてもおかしくはない。が、しゃべる口を同じくしている真神は古(いにしえ)神(がみ)というだけあって日本語が達者だ。文化人類学者や言語学者が彼女と出逢っていたら、きっと研究サンプルにしたに違いない。
 儚はそのまま踊るような足取りで教室の中を進んで行く。
 と、その先に行きついたのは、上に無数の落書きと、中にゴミをみっしりと詰め込まれた机だった。
 彼女は顔を覗きこませると、ガサガサと中を漁りはじめる。
 ハッカはその惨めな後ろ姿を、醒めた視線でドアの入口から観察した。
「……机にケータイとか入れたまま離れないだろ、フツー。そもそもヒト呼びつけておいて今更そんなとこ探すなよ」
 蔑みながら独りごちる。
『あん? なんか言ったか、小僧』
 ハッカの小声に反応して、右手から鎌首をもたげた真神が凄む声で返す。
「別に」
 互いにフン、と鼻を鳴らして顔を背ける。
 ハッカは緩慢な足取りで教室の後ろを歩いた。
 そこには儚が向かっている机同様、落書きがされたロッカーが一つあった。鍵は壊され、ここにもゴミが入っている。
儚のロッカーだ。
「……高校生にもなってイジメかよ」
 横目で見ながら鼻で溜息を吐く。それには、高校生にもなってイジメをする方もする方だが、される儚も充分侮蔑に値する、という意味を含んでいた。
 その場で足を止め周囲を見回し始める。
 部屋の前後にはそれぞれ燃えるゴミと燃えないゴミ箱が一つずつ配置されている。
 前の方のゴミ箱は整然と角に合わせて備えられているのに対して、後ろのゴミ箱は投げるように置かれている。
 ハッカは後ろのゴミ箱の前へ立った。それから値踏みするように燃えるゴミ箱、燃えないゴミ箱を見比べる。
 三〇秒ほど睨み続けると、燃えるゴミ箱へ軽い蹴りを入れる。
 当然中身があたり一面に散らかったが、その中に一つだけ下に落ちるときにカツカツと硬質的な音で転がる物体をハッカは見逃さなかった。
「やっぱり、か」
 屑ゴミの中からオレンジ色の携帯電話を拾い上げる。
 初めからある程度予想はついていた。儚は鈍臭いが、それでも自分で物を失くしたり忘れたりすることはほとんどない。あるとすれば、それの原因は外にある。つまりは他者による故意行動、厭がらせだ。
 イジメというのも、あれで色々と種類(カテゴリー)がある。儚の場合(ケース)は、一言で言うならその独特な会話形式に問題がある。
 儚はハッカ以外、それこそ親とでさえコミュニケーションツールである〝大(オオ)顎(アギトノ)真(マ)神(ガミ)〟なくしては会話が成立しない。
 しかもその守護神サマときたら何かにつけて「儚を傷つけた」として誰彼かまわず喧嘩をふっかける。
 対人障害の少女と、馬鹿みたいに吠えることしか能のない自称狼神の犬では、社会とかかわりを持つなど土台無茶だ。
 そんな相手とは、虐める側とて関係をエスカレートさせるのは──その実あまり望まない。あくまで明確でわかりやすい〝壁〟があればそれでいいのだ。だからそれはクラスという集団を維持するために剪(せん)定(てい)される、俗に言う〝生贄〟や、見えないところで陰惨と行われるストレスの捌け口ではない。突き放すのであれば、ある種ステレオタイプともとれるわかりやすさが逆にいいのだ。もちろんそれでは教師にも知られてしまう。が、正直なところ、儚のようなタイプは教師ですら手にあまる。
 教師にとっても、イジメを黙認するというのは立派な処世術であり、任されたクラスを学級崩壊させることなく最後まで面倒を見るには当然の選択とも言えた。
 それらイジメ事情をすべて理解していたハッカは、教室の前で整えられたゴミ箱は儚の机とロッカーに使われているのを見通していた。その発想から、後ろで乱雑に置かれたゴミ箱は、中に携帯電話を隠すためにわざと中身を残しているのも予想できる。
 あとの確率は二分の一。燃えるゴミ箱か燃えないゴミ箱か。
 今回はそれがたまたま的中したに過ぎない。
「おい儚、こっちに落ちてたぞ」
「え? どこどこ?」
 振り向き駆け寄る儚に、ハッカは空中で放物線を描く調子で携帯電話を儚へ投げた。
「ヒャっ!」
 咄嗟の出来事に儚はその場に身を屈める。
 このまま受け取れなくては、いくら対ショック機構が備わった携帯電話でも壊れかねない。いや、それ以前に携帯電話は儚の頭にぶつかる軌道にある。
 その瞬間。
 眼すら向けずに、儚はパシっと右手でキャッチしてみせた。
『危(あふあ)ないで(へ)あろう、この野郎(はろう)。当た(は)った(は)らど(ほ)う責任(へきにん)取るつも(ほ)りだ(は)』
 と、携帯電話を取ったのは右手ではなく、正確には右手に宿った真神だった。
 反射神経まで独立しているのか、投げられた携帯電話を口でキャッチするその姿はまさに野球の外野手しかりアメフトのレシーバーしかりの見事なファインプレーだった。
 そうしてもごもごハッカへの愚痴を零しながら、真神は銜えた携帯電話を儚のブレザーのポケットへ入れる。
 それを一通り見届けると、ハッカは体をドアへと向けた。
「ど、どこに行くの、ハッくん……?」
 ハッカの背中を見詰める少女は、弱々しい足取りで歩み寄る。
「あ? だってもう用は済んだんだろ? ならあとはどうしようとぼくの自由なはずでしょ」
「え、えっ、ええっ!? ……で、で、でもさっせっかくなんだしさ……その、一緒に帰ってくれないの? お家だって、お隣なんだし……そっ、それに」