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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第一章 『首吊り御伽草子』

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 だというのに、彼は他者と多くを共有するのを嫌がる傾向にある。たとえば授業であるグループ学習。運動会や学芸会でおこなう学級行事。ハッカはそれらにことごとく消極的だ。
 人見知りが激しい、わがままで手がつけられない、などの子供特有の気質を抱えているわけでもない。にもかかわらずハッカは孤立を望む。
 自分から集団に属さないが、理事長のようにハッカ個人に用があって近づくのであれば、彼は終始受動的だ。つまり自分からアクションは起こさない代わりに来る者は拒まない、というスタンスなのだろう。
 そのせいでハッカには同年代の友達が一人もいなかった。が、不思議とその周りには統一性のない人種が集まった。
 ネット社会に耽(たん)溺(でき)した現代っ子にはありがちと言えばありがちだったが、それでも煮え切らないものがある。

 不意に理事長はソファーを離れると、部屋の奥に鎮座している黒檀の高級デスクに移動した。
 スクーンセーバーが蠢くディスプレイをエンターキーで打ち消し、ブラインドタッチでキーボードを叩き始める。
「実は今日中に〝連続児童失踪事件および児童怪死体事件に対する現場状況と対策について〟という報告書……言ってみれば宿題をファウンデーションの役員会に提出しなくてはいけないんですよ」
 やれやれと倦怠感を漂わせる素振りで、ハッカが来る前から行っていた書類作成を再開する。
「…………」
「あらいやですね、子供に愚痴なんて零すなんて。なんだか歳を感じてしまいます。さあ、お仕事お仕事」
 ハッカを誘ったのは、どうやら気分転換のためだったらしい。
 だがそれは同時に「さすがにいつまでも特別扱いでは問題ですからね、あなたも親御さんが心配しないうちに帰りなさい」という最後通告でもあった。
 自分から呼び止めている手前、物腰はかなり柔らかい。
「あっ、そういえば」咄嗟に、理事長はハッカを呼び止める。「あなたが来るちょっと前、向かいの校舎で高等部の女の子を見かけたんですけど、あの子確かあなたのお連れさんですよね。名前はえっと……、三(み)千(ち)歳(とせ)さん?」
 その名前を耳にした刹那、ハッカは眉根を不自然に寄せた。
 判りやすい動揺だった。
 ハッカは理事長への挨拶もそこそこに、そそくさとドアノブに手をかける。
「家がお隣なんですってね。捜して一緒に帰った方がいいんじゃないですか? もう五時も回ってますし、ブレインジャックの他にも〝ケータイクラッシャー〟っていう通り魔まがいの人物も確認されていますし──」
 話の最後を待たずして、ハッカは理事長の執務室をあとにした。
 それからは足早に廊下を突き進む。
 一〇数秒で生徒昇降口へたどりつく。
 が、自分の下駄箱を前にして、ハッカは足を止めた。

「────────」

 そこには体育座りで膝に顔を埋(うず)める一人の女子高生。まるで眠っているかのようにその場からピクリとも動かない。
 ハッカの下駄箱は彼女の座る位置のちょうど真上。だというのに、ハッカは息を殺しながら生徒昇降口から数歩後退る。
 するとジャリっという音。
 どうやら砂を踏んでしまったらしい。
 外履きから上履きにはきかえる場所なのだから、ある程度砂が落ちていても不思議はない。
 けれどハッカの顔は「なんてことをしてくれた」と言わんばかりに足許の砂を呪っていた。
 女子高生の頭がわずかに動く。
「ハッくん?」
 小さくか細い声。
 少女はゆっくりと顔を音の方へ向ける。
 と、そこで呆然と立ち尽くす男の子と視線が交わる。
「あっ! やっぱりハッくんだ!」
 視認するやいなや嬉々とした声を上げる少女は、すっくと立ち上がりハッカの許へ小走りに駆け寄ってくる。
「…………」
 するとハッカは目線を下に逸らし、肩からさげた鞄をわざとらしくかけ直した。そのまま視界に少女が映らないように横を素通りする。
「ま、待ってよハッくん!」
 少女はハッカにつられて踵を返し追いかける。
 そうするとなお黙殺の態度は強まり増す。下駄箱からスニーカーを乱暴にタイルに叩きつけ、上履きも投げ入れてしまう。
「ねえ、ハッくん」
 スニーカーに足を通す。
「ねえ、ハッくん」
 生徒昇降口を抜けて数段の階段をくだる。
「ねえ、ハッくん」
 体の向きをまっすぐ校門に傾け、機械のように精緻な動作で歩き続ける。
「ねえ、ハッくん」
 頭のすぐ上では少女──というにはやや背の高い女子高生の声。
 背中には張りついて離れない豊満な胸。
 それらを振り払いように歩調を上げる少年の脚。
 二人の様子はまさに懐いて離れようとしない野良の子犬と、それに偶然出くわしてつき纏われる不運な少年の図、そのものだった。
 子犬は少しでも男の子の気を引こうとして「くんくん、くんくん」寂しさを訴えかける鳴き声で自身の存在をアピールしてくる。
 一方親の許し以前に自分自身が大の犬嫌いな少年にとっては、子犬の鳴き声など不快な騒音でしかない。
「────ねえ────ハッくん────!!」
 少女は堪えかねて声を張り上げるが、やはりそんなものは人間のハッカからすればキャンキャン吠えたてる子犬の喚き声でしかない。
 が、しかし。
「────っ!」
 唐突にハッカの上体が硬直してつんのめる。脚は動くというのに、肝心の体が前へ進んでくれない。
「……っ、んぐ……ひきっ」
 原因ははっきりしていた。背後の女子高生(ドギー)が、ハッカのTシャツの端をつかんだまま離さないのだ。しかもいい年齢(とし)して泣きべそまでかいている。
〝窮(きゅう)犬(けん)少年を掴む〟なのか、服を握る力は思いのほか強い。足許では砂埃が舞うばかり。
 ハッカの握り拳がプルプルと小刻みに震える。
 するといきなり身体を反転させて、振り向き様に取り縋る手を振り上げた拳で払い落した。
「ヒャっ!?」
 女子高生は咄嗟に叩かれた手を引っ込ませ、その瞳に泣きべそとは別の、痛みの涙を浮かべる。
「い……痛いよ……ハッくん」
「そりゃあそうだろうな、こっちは痛いようにしたんだから」
 ここに来てハッカは初めて少女の訴えに返答をみせた。が、睨み上げた視線はナイフみたいに鋭く尖り、少女がしゃべろうとする声を次から次に刺し殺している。
 明らかな拒絶の姿勢。
 それでも少女は一歩も退くことなく、哀願の目配せで何かを告げる。
 二人の間で沈黙が降る。
 この二者には絶対的とも言える温度差があった。潮流の方向や速さの違いで渦潮が起きるように、また高気圧の中で発生した低気圧が嵐を呼ぶように、少年と少女の間でも修羅場という名の特異点が渦を巻いていた。
 それは天と地──東と西をそれぞれ支配し反目を続ける龍虎の如し争覇だった。
「────────」
「……ンっ、うんッ……」
 しかしもっと適切な表現をしたのなら、それは気性の荒い小猫と、弱虫で身体ばかり大きい子犬の根競べだった。
「………………なんだよ」
 結局先に折れたのは我慢弱い小猫の方。
 ガキと女の涙は始末に負えない、とでも言いたげなその醒めた眼差しは死んだ魚の眼を彷(ほう)彿(ふつ)とさせた。
「お、怒ってない……?」
 怖ず怖ずと尋ねる少女。