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アイラブ桐生 第4部 最終回

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 一瞬にして帰ることを決断しました。
「決断の瞬間を間違えるなよ。」
さっきまで一緒に呑んでいた源平さんの、
あの言葉がよみがえってきました。

 旅に出てあれほどまでに探し求めていたものは、実は故郷に
置いてきたままだったのかもしれません。

 丸4年にもわたって
放浪をしたあげく、自分の中で初めて見つかったものは
絵でもなければ、京友禅でもなく、幼馴染のレイコと、実は
平穏に暮らす日々だったのかもしれません・・・・


 いつも隣に居て、
支えていてくれていたレイコの重い存在にようやく気がつきました。
そういえば、レイコに愛していると伝えた覚えもなければ、
レイコからもまた、それを聞いた覚えもありません。
幼いころから当たり前のように手の届く範囲に居て、
お互いを知り尽くしていると、
勝手に思いこんでいるだけの間柄を、
ただただ演じ続けてきたのです。

 一度ですら、レイコの気持ちの中に踏み込んで、
レイコの本当の気持ちや、本音を聞こうとしませんでした。
そのレイコが、実は10年以上にもわたって、泣きつづけてきた・・・・
思いもかけない、レイコからの告白でした。



 「お前さんも、
 本当に必要とされている場所で生きろや。
 人は、必要とされる場所と、
 必要とされる人の傍で暮らせることが一番だ」

 それも昨夜の帰り際に、順平さんがつぶやいたひとことです。



 夜明けを待って、帰る支度を始めました。
たいした荷物はありません。
使いこんだ画帳と記録をとどめたノートの類、
あとは季節ごとの数着の洋服。ほとんどの時間をホテルの制服と、
源平さんから譲りうけた作務衣で過ぎしてきました。
テーブルに座り、お世話になった人たちへ
短い手紙を書き始めました。


 午前中のホールの仕事を全て終わらせてから、
ひと風呂浴びて部屋もすっかり片付けて、まず、まかないの
おばちゃんたちと別れを交わしました。
次は、ボストンバッグを提げたまま、マネージャー室を訪ねました。
ボストンバックを見たマネージャーは、
あわてたそぶりも見せずに、経理部に電話を入れ、
給料の清算を指示してから、煙草を
一本勧めてくれました。




 「お前さんらの世話で、
 草津に落ち着いた俺の先輩のことだが、
 どうやら、子供が始まったようだ。
 おかげさまで、今のところは仕事も暮らしぶりも順調だと、
 先日電話がかかってきた。
 あの子にも、ずいぶん世話になったと感謝していた。
 良い子だそうじゃないか、
 お前さんにはもったいないくらいの・・・あははは。
 そうか。やっと戻る気になったか。
 これでおれも先輩に、良い報告が出来そうだ。
 実は、内心、俺もほっとした」


 まるまる2年間を、お世話になったホテルです。
「今度は、自慢の可愛い嫁さんと、遊びに来いよ」という
マネージャーの声に送られて階下の経理部へ寄り、清算された
給料を受け取りました。


 礼を言って頭を下げると、
「どういたしまして」と機械的な返事だけが返ってきます。
帰り際に、同じ年代くらいで黒メガネをかけたいつもの女子職員が、
「又遊びに来てくださいね」と軽く会釈してくれたことが、
せめてもの慰めになりました。

 学生バイトたちが中心となる仕事のために、
急な入れ替えや退職は日常茶飯事で、特に珍しいわけではありません。
そんなものだろうと納得をして、
2年間を過ごしたホテルを後にしました。