アイラブ桐生 第4部 54~55
「上手いもんやな、」
下ごしらえ中のところへ
順平さんが顔をだしました。
めったにないことで、こうして顔を出すのは、珍しいことです。
「差し入れだよ」と、手には大きな湯のみ茶碗を持っています。
「ほんまに評判通り、
口はよう、堅いようやなぁ。」
いったいなんの話でしょう・・・
湯呑みを受け取りながら、順平さんの顔を見つめなおします。
「鞍馬で会ったろ、このあいだ。」
あぁと、危うく、湯呑み茶碗を落とす所でした!
遠目に見えた背広姿は青年では無く、実は順平さんだったようです。
「青年らしく見えたとは、有りがたい話や。
せやけど背広だけが青年仕様や。
そんでお前も勘違いをしたんやろ。
小春がどうしてもこれを着てくださいと、うるさく言うさかい、
背広だけは、今でもあんじょう若い。
もう、そんな歳でも、ないんだがなぁ・・・・」
驚ろきました。
順平さんと小春さんとでは、親子ほどに年齢が違っています。
しかしもっと驚いたのは、二人が付き合ってきたという、
その交際年数の長さです。
小春さんが、中学2年でやってきて、
おちょぼ(舞妓の見習い)として、祇園の学校に通い始めた
ころからだと、説明をされました。
もっともそれはただ小春を見初めただけだという話だけで、
本格的に付き合い始めたのは小春さんが、
舞妓から芸妓になった頃からだといいます。
その時から、すでに二人は将来を誓い合ったと言う説明になりました。
「おれらの仲を知っとんのは、
源平とお千代さんの二人だけや。
そういえば、小春が笑ってたなぁ。
私たちがぎょうさん世話になった、あのお千代さんの帽子を、
今度は、妹の春玉が、当たり前のようにデートの度に、被ってるって。
私たちのようにならなければええけどと、
そんな余計なことまでも、心配もしておった」
幸運になれない帽子かもしれないのに、ね。・・・
そんな風にも言ってたなぁ。
と遠い目をしながら、
順平さんが一人ごとのように、つぶやいています。
いずれにしても、みんなには黙っていてくれておおきに。
この先もあんじょう頼むと言い残すと、
下駄を蹴りながらお店の奥に消えていきました。
作品名:アイラブ桐生 第4部 54~55 作家名:落合順平