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アイラブ桐生 第4部 54~55

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 おちよぼは、どうするのと聞くと
「おちょぼは、一生芸妓どす」と、迷いもなく即座に答えます。


 「好きな人が出来ても、
 一生、おちょぼは芸妓で過ごすの?」

 「・・・・・」

 じっと涼しい目のままの
おちょぼに、真正面から見つめられてしまいました。

 沈黙したまま伏せられた
おちょぼの目が、私の顔を離れます。
足元を流れる清らかな水面に移り、
淵を渦巻いて流れていく様をに目で追っています。

 しばらくするとその目が、対岸へ移ります。
すっかりと言葉を封印してしまったおちょぼは、私が気がついたときには、
もうはるかに彼方の、遠い景色などを見はじめていました。
鞍馬の山は、午後の早い時間から、
夕暮れを呼ぶセミたちが鳴きはじめます。
盛夏もとうに過ぎているために、この時期になると山合いには
人の姿もまばらになりはじめます。



 おちょぼが私に向かって、
「静かに」と、唇に指を一本立てました。
何かを見つけたばかりのその視線が、無言のまま、
私を眼を川下の彼方へ案内をします。
川下の濃い緑の水辺に、ひと組の男女が見えました。

 背広姿の青年に寄り添う、
短い髪にすらりとした女性の洋服姿が見えました。
女性が誰かに呼ばれたような素ぶりで、くるりとこちらを振り返ります。
遠くに見えたその横顔には、明らかに見覚えが有りました。
おちょぼが、静かに頷きます。


 えっ、小春姉さん・・・・
その横顔が、さらにこちらを振り返ります。
緑の木陰に隠れているために、座敷の私たちは
見えていないような気もしましたが、
こちらを向いた小春さんと、
なぜか、目線が合ったような気がしました。



 次の瞬間、そのまま
小春さんが、くるりと背中を見せました。
水辺をまた、何事もなかったかのように、男性の背中へ
手を置いて再び歩き始めます。
水辺を歩いて、小さな橋を一つ渡り、やがて
小春さんの姿が対岸へ消え始めます。
おちょぼは、黙ったままその後ろ姿を見送り続けています。



 一度だけ木蔭に消えた人影が、
もうすこし先の水辺にもう一度現れました。
今度は小春さんが、男性の腰にしっかりと手をまわしています。
和やかに何かを語り合いながら、仲の良い男女が水辺を
楽しく散策をしている・・・・
まさにそんな光景、そのものでした。


(小春姉さんにも、そんな人が、居たんだぁ・・・)

 なぜか安心をして、おちょぼへ
視線を戻そうとした、まさにその瞬間の出来事です。
再び水辺から二人の姿が木蔭に消える寸前に、
その仕草は始まりました。
小春姉さんが空いている左手を、
連れの男性には気づかれないように用心をしながら、
2度、3度と軽く振り、さらに、これ見よがしに指先で、
V字のサインなどを、嬉しそうに作りました!。

 やっぱり・・・・
すべてを、しっかりと見られてしまいました。