アイラブ桐生 51~53
都をどりの直後は、祇園の人通りも一段落します。
舞妓や芸妓さんの大半は、生家に戻るか旅行などで、『をどり』の
後の休暇中は、みなさんともに京都を離れるのが一般的のようです。
春玉は、なんで生家に帰らないのと質問すると、
私の目を見て「いけず。解っているくせに」と、ツンと怖い目をして
機嫌を損ねてしまいました。
高瀬川から左に折れて、お千代さんの家へ向かいました。
「普通のお化粧をがしてみたい」と、さっきから
春玉が胸をはずませています。
『夕方からなら手が空くから、もう一度いらっしゃい。
楽しくお化粧をしましょう』
と、お千代さんとはすでに、その約束は出来ていたようです。
『男子は立ち入り禁止です!』と、嬉しそうに
目を細めて笑った春玉が、お千代さんの部屋の襖を、
ピシャリと音を立てて閉め切ってしまいます。
「おっ。なんだい、
春玉が来たと思ったら、もう籠城中か。
男は立ち入り禁止だって。まるで、夕鶴のおつうだな・・・・
中で、機(はた)でも織っているのかな、
女どもが二人して。
まあ、待っていても仕方がないだろう。
俺の部屋で一杯やろう、用が済めば、ほどなく出てくるだろう。
女の機嫌と天の岩戸は、触らぬ神に祟りなしだ。
くわばら、くわばら。あっはっは」
源平さんと差し向かいで、
二号徳利を三本ほど開けてすっかり気分が良くなった頃、
廊下でひそひそと話す、女どもの低い声が、
こちらの部屋まで聞こえてきました。
ようやく、春玉の『普通のお化粧』が終わったようです。
「綺麗な、お嫁はんが出来あがりました」
お千代さんが、勿体をつけながらゆっくりと障子を開け放ちます。
長い髪をアップに仕立てて、普通のお化粧をした春玉が現れました。
びっくりするほどの美人な仕立てぶりに、源平さんがまず完璧に、
その場で固まりました。
もともと健康的で白い肌をしている春玉は、
軽やかに施されたお化粧だけで肌が一層引き立ち、
唇は吸いつきたくなるほどに見事に艶やかに見えました。
『ほんまもんや・・・・驚いたなぁ。
春ちゃんが眩しいほどに輝いておる!』
動きの止まった源平さんの手元からは、いまにも盃が、
こぼれて落ちそうです・・・・
お嬢さんが愛用していたというワンピースも、
そのお化粧ぶりとも相まって、これもまた、
実に良く似合っていました。
「ほうら。ねぇ~、素敵でしょ。
着物を着ている時の春玉ちゃんも可愛いけれど、
洋服姿も、捨てたものではありません。
春ちゃんはスタイルが良いんだもの。
何を着ても、まったく良く似合うわねぇ!」
「うん、まったくの別人だ。
いやいや見事な別嬪はんだ!」
着物と浴衣姿ばかり見てきたせいか、
源平さんは、余りにも違う春玉の洋服姿に、
さっきからしきりと驚嘆をしっぱなしです。
似合う、似合うと、
お千代さんは手を叩いて大喜びをしています。
「いいわよ、ほんとに素敵!
春ちゃん、明日はそれに決めましょう。
似合うわよ、可愛いわ。
せっかくのお休みだもの、
たっぷりとエンジョイをしてきてくださいね。
いいわね~、。明日は鞍馬にハイキングだもの、楽しくなるわね~
美味しいお弁当をつくるわよ。張り切って!」
『あら・・・・
どうしたのあなたは。全然うれしくないの。?
こんな美人の春ちゃんとデートが出来ると言うのに、
まったく感動がありませんねぇ?』
と、お千代さんが、私の顔を覗きこんで怪訝そうな顔をします。
え? ・・・・いったい、なんの話でしょうか。
まったく知らなかったのは、実は本人の私だけでした。
鞍馬山のハイキングへ、二人で出掛けるという予定は
私の承諾なしに、すでにひと月も前の『都をどり』の時から
決まっていたそうです。
都おどりを無事に勤めあげた春玉への、目一杯のご褒美として、
春玉とお千代さんの間では、わくわくする出来事として
すでに決まっていたのです。
どうりで春玉が、生家には帰らないはずです。
しかし、気がつくのがあまりにも遅すぎました・・・・
すっかり、あとの祭りです。
作品名:アイラブ桐生 51~53 作家名:落合順平