『喧嘩百景』第5話日栄一賀VS銀狐2
犠牲者は、一瞬の内に片方の手の指を全部折られ、肘と肩の関節を外されて、日栄一賀の足元でのたうち回った。
「…ひ…さかえ…」
裕紀と浩己は潮が引くように男たちの戦意が喪失するのを感じた。
一同の動きが止まる。
男たちの半数以上は日栄一賀によって病院送りにされた経験を持っていた。
男たちの恐怖が裕紀と浩己の意識を締め付ける。痛みの記憶が身体を軋ませる。
二人はちっと舌打ちした。
動きの止まった連中を突き飛ばし、リーダー格の男の胸ぐらを掴む。
「あんたが頭だな。ここにいる全員、また病院送りにされたいか?」
裕紀は片手で男の身体を吊り上げた。
男の頭の中に様々な思考が回転する。
「わ…かった。引き上げる」
男は憎々しげに吐き捨てた。
日栄一賀は病み上がりにもかかわらず、全く力を落としていない。体力がないことは知れたが、この双子の加勢があったのではこちらの方が不利だ。――そのうち一人ずつにして潰してやる。
男は指図して重傷を負った男を助け起こさせると、
「引き上げだ」
と手を振った。
もうすっかり戦意を喪失していた連中は、凶器を拾い上げ、やられた仲間を庇いながら競技場を出ていった。
「…このままでは済まさねぇぞ」
全員が引き上げると、リーダー格の男は最後に、
「日栄、このクソガキ、てめえだけはどんな手段を使っても、必ず息の根止めてやる」
と、捨て台詞を残した。
どんな手段を使っても――と言う言葉と同時に男の頭の中によぎったイメージに裕紀と浩己は眉を顰めた。
「最悪」と言われる人間への報復としては妥当なものなのか――二人は顔を見合わせて溜息を吐(つ)いた。――守りきれるか?俺たちで。
「あんた。大人しくしてろと言ったはずだ」
浩己は言っても無駄だとは思いながら小柄な先輩を見下ろした。この人が言うことを聞かないのであれば、到底守ることはできない。
「少しは自分の身体のこと考えろよ」
裕紀も同じ気持ちで言葉をかけた。――身体のことを考えているからあんなやり方しかできないのだろうけど、それならまず喧嘩の売り買いを止めることだ。
一賀はぱっちりとした瞳で二人を見上げた。
「お前、名前は?」
手を差し伸べて浩己の頬に触れる。
「相原、浩己」
作品名:『喧嘩百景』第5話日栄一賀VS銀狐2 作家名:井沢さと