バックスぺース
彼女に背を向けてからしばらくすると、恒星の光を反射して光る星を見つけた。卑しいと思った。さらにもっと進むと、どぎつい赤に光る星を見た。熱すぎると思った。気づくと声は出なくなり、耳も聞こえなくなった。この辺で後ろを振り向いてみると、ちっぽけな青い光がまたたいていた。僕に手を振っているかのようで吐き気がした。現実には、僕は手を振られるほどの存在でもないのだ。
僕は真っ暗闇で体育座りをした。自分だけがベールに包まれたように感じる中、僕は一粒だけ涙を流した。もっと、もっと遠くへ行きたかった。彼女との思い出も凍ってしまうほど寒い場所へ、行ってしまいたかった。これほどの寒さでも、こころは完全に仕事を放棄したわけではなく、奥底で活動をしている。リズミカルに揺れる体内と同じように、僕の思考を揺らしている。それは、彼女から離れる度に確実に弱まってはいたけれど、一つ一つの振動の重みは、反比例的に増していった。
その事実が悔しくてどんどん歩みを進めていったのだけれど、ズキズキと響く心音と、彼女から離れたい気持ちとが同じになったとき、僕は一度歩むのを止めた。それでも負けるものかと、周りの光が見えなくなるまで歩き続けた。ここまでくると、恐怖しかなかった。過大評価しすぎた自分を消し去ることができずに、その声に従ってひたすら逃げた。
そんな今までの旅路を思いやれば、涙の一つや二つくらい、容易に流れる。今や心臓の掻き鳴らす音は頭にまで響き、凍る寸前のこころを痛いくらいに揺さぶっている。彼女から離れられることと引き替えに受け取ることになったこの痛みも、原因は恐怖であることに気づいたのはごく最近のことだった。
僕だけに限らず、人間というものはおびただしい数の矛盾を抱えた生き物であるらしい。僕は彼女の愛がこの上なく恐ろしかった。そして同じくらいに、愛せないことが恐ろしかった。
もうどっちが前だか分からなくなってしまったが、今まで歩いてきたであろう方向を向いてみた。当たり前のことだが、そこには何も見えない。自分の姿すら、暗闇に同化しているのだから。今更ながらそんなことに気づき、つけないため息をついてみると、今度はぽろぽろと滴が落ちていった(ような気がした)。手で目元を拭ってみると、かろうじて残っていた触覚で、それが涙だと分かった。