「哀の川」 第三十四話
杏子と純一は新神戸に着いた。それぞれ行き先が違うから、駅で別れた。タクシーで佐伯と待ち合わせしている場所に向かった。すでに到着していた佐伯は手を振って迎えてくれた。自分の車に乗るように誘われ、海岸線を少しドライブした。
「杏ちゃん、今日はありがとう・・・疲れてない?」
「平気よ、私こそ、誘ってくれて嬉しかったわ。杏子って呼んで、杏ちゃんじゃ子供みたいだから・・・」
「ああ、そうするよ、杏子」
杏子・・・その呼び捨てが年上男性の持つ包容力のような感触を伝えた。42歳の杏子にはやっと適齢の男性と交際することが不思議に思えた。今までどうして縁がなかったんだろうか・・・理由があった。心の奥で弟への偏愛が整理できていなかったのである。純一との恋もその続になっていた。佐伯に会って、佐伯と話して、自分が求めている本当の恋をつかめそうに感じたから、ここへ来ていた。
作品名:「哀の川」 第三十四話 作家名:てっしゅう