Like a DIAMOND in the sky.
「サヤカぁぁぁっ!!」
声を荒げながら屋上へと続く扉を開ける。
真っ先に目に飛び込んできた青空。
風にあおられるサヤカの黒髪。
白い顔に浮かんだ、笑み。
「や、イオリ。よく此処が判ったねー。」
「4年も一緒に居れば大抵の行動パターンは読めるッ! お前はまた授業サボってぇぇえぇぇ!!」
「人聞き悪い。自主休業だよ。」
「無断欠席だろうが!!」
無茶苦茶なことを並べ立てるサヤカを大声で制す。私は疲れた顔で空を仰いだ。
対するサヤカは隠そうともせずニヤニヤとイヤな感じに笑い続けた。
「此処まで疲れた顔の似合うコーコーセーも珍しいやね。」
「誰のせい……」
「アタシかな?」
「自覚はある訳か。」
「そりゃー、ねぇ。」
赤い携帯電話を左手で弄びながら、サヤカがこちらを振り返った。
半ば逆光で眩む視界の中、整った面立ちは出会ったあの日からちっとも変わらずに美しいままだ。
強いて言うならば、成長と共にまだ幼さとあどけなさを残していた顔が大人びて、輪郭がシャープになった。
だから本当は、変わらないというのは嘘だろう。サヤカは、もっと美人になった。
「……あーあ。」
やるせない溜息が零れ落ちる。
きらきらしいサヤカを見ていると憂鬱になることが、ままあった。
――何でだろう。
何で私は――こんなのがいいんだろう?
中学二年生。
吹き抜ける風が湿っぽくなって、日没が随分と遅くなったきた、あの日。
それ以来ふつうに話せるくらいの関係にはなった私とサヤカは、いつの間にか立派に友人と呼べる仲になり、色々あって同じ高校に進学し、今は多分、はたから見れば親友に見えるだろう。
――だけど、私のサヤカに対する感情には、友情を突き抜けてしまった何かが存在していた。
己の厄介な感情に頭を抱えること数えられないほど。
(コイツのいいところなんて顔だけだぞ。相当アマノジャクだし社会不適応者だし。……並べ立ててたら本当コイツどーしようもなく見えてきた。早いトコ諦めた方が、もれなく自分のためだって、絶対! ――第一私とサヤカって、同性だしさ。なんていうんだっけかこうゆーの……ホモ……あー、いや、それは男か? じゃあレズ……って、うっわ。嫌だそんなん。)
ぐるぐると頭の中で繰り返される問答。もう何年、こんなことを続けているのかもわからない。忘れてしまった。
四年間。
数字にしてみればアッと言うまで、実際過ごすにはあまりに長い月日。
サヤカに対してこんな気持ちを抱く自分に気付いたのは、一体何時だったのか。
そんなことさえ、思い出せない。
「……おり、――いおり!!」
突然耳元に届いたサヤカの声。
それにハッとして我に返る。――と。
「のぅわあっ!?」
余りに近距離にあったサヤカの顔に驚いたのか、思いっきり仰け反って叫ぶ。
そんな明らかに挙動不審な私を、怪訝にサヤカが睨んだ。
「なにブツブツ考えているわけ?」
「え、嘘、口に出してた?!」
「うん、聞き取れなかったけど。」
「―――っ!」
あの馬鹿みたいな自問自答がダダ漏れだったことを、よりにもよって当の本人に気付かされてしまって私は随分凹んだ。
それはもう、結構盛大に。その場にへたり込んでしまう程度には。
「耳まで真っ赤にするほどのコト考えてたの? 何、やらしーこと?」
「黙れ思春期女……っ!」
「イオリの方がよーっぽどシシュンキってゆう顔をしているけどねぇ。」
「な、なんっ!!?」
「……うそ、嘘だよ。嘘だからんな可愛い反応しないでくれないかな。」
からかわれているのか慰められているのか判然としないフォローだった。まだ赤く火照った顔を見て、サヤカはまた笑った。
青空の下。きらめく笑顔。
そんなサヤカに目を細める。
――嗚呼、この顔見てたら、思い出しちゃったよ。
話すようになって、最初に植本サヤカは案外良く笑う人だったんだと思った。
次に、それが間違っていることに気付いた。
サヤカが笑うのは、私と話しているときだけだったのだ。
私は何故か、そのことがとても、本当にとても、嬉しかった。
――そうだ、そうだった。
どうしようもなく、馬鹿みたいに。
私がサヤカを好きだと感じたのは、その時からだったんだ。
「…………さやか。」
「何、イオリ。」
サヤカと初めて言葉を交わしたとき、まさかサヤカをこんな意味で好きになるとは思っていなかった。
況してや、名前で呼び合う仲になれるとさえ、予想だにしていなかったのに。
「言いたいことが……ある。」
「珍しい。どーしたの、そんな改まって。」
「……うん。出来ればいいたくないんだけど。」
「ほほぉーう、存外惹かれる前置きやね。他の誰の話もそうそう聞かない私だけど、いっちゃんの話ならまあまあ聴いてやらないことも無い。」
「わかりづらい温情アリガトウ。」
やたらと偉そうな言い方が癇に障る。
だがそんな言葉でさえ、台詞回しにときめく私は重症か。え、でも私の話なら聞いてやるって、案外、どうなの。
……いや。そんなのどうでもいいか。
私は自虐的に笑って、そして緩慢に、口火を切った。
「私がサヤカのことスキだって言ったら、サヤカは私を嫌いになるかな。」
告げた内容は、唐突だったに違いない。
「……はァ?」
サヤカの第一声。
私にとっては範疇内だった。
しかしサヤカが憮然として続けた台詞には、思わず目を丸くすることとなる。
作品名:Like a DIAMOND in the sky. 作家名:金井