Like a DIAMOND in the sky.
彼女は窓際の一番後ろの席に座り、いつも飽きずに空を眺めていた。
「植本さん?」
呼びかけた声に応えて動いた瞳はぼけていて、まるで生気が無かった。
ガラス玉のような漆黒の瞳に囚われる。彼女――植本サヤカは有り体に言って、反論の余地が無い美少女だった。
「――何、……えーと、」
「……倉原伊織。」
「ああ。」
くらはらさん。
鸚鵡返しをした声にまで覇気が無い。
私は溜息をついた。
「それで、なに? くらはらいおりさん。」
「用が無いとクラスメイトに話し掛けることも許されないのかな?」
「さあ。」
用も無いのに話し掛けてきたのは貴女がはじめてだから。
植本サヤカは笑う。目を細めたその笑顔は、気紛れな猫のようだった。
「こんな時間にガッコーにいるってことは部活?」
「ああ、うん。陸上部。」
「へぇ、恰好良い。ああ――そうか。足、はやいものね。」
「え?」
「四月の体力測定。あれ、私日直で記録係やらされてたっしょ。50m走、確か7秒ちょいだった。なら100mのラップも、相当なんだろーねぇ。」
中学生で女の子なのに凄いよ、と暢気にひとを褒めそやす植本サヤカ。
だが私は呆然と目を丸くしていた。
「……びっくりした。」
「うん?」
「植本さんが私の記録なんか覚えていて。……他人に興味なんて無い人だと思ってたから。」
「無いよ。」
サヤカは真顔に戻って言い切った。
「でも、きれいなものはスキ。きれいだから空が好き。それから、」
彼女の黒い深淵がこちらを見つめる。
私は吸い込まれるように視線を合わせた。赤い唇が弧を描く。植本サヤカが言った。
「貴女の走ってる姿、とても綺麗だった。」
告げられた瞬間、私の心臓は早鐘を打ち始めた。
褒められたのは初めてではない、だけど。
〝キレイ〟だと言われたのは、初めてだった。
植本サヤカは、クラスでも浮いた存在だった。
変わった人間が弾き出されてしまうのは世の常だが、彼女の場合は自ら異端となるを好しとしていた風に、私には見えた。だから今まで接点もなく、私――倉原伊織もまた彼女を遠巻きに眺める存在でしかなかったのだが――この、わずかな時間に、私は植本サヤカという人間に好意を抱き始めてさえいた。
だが。
「くらはらってなんか裏腹に似てるねぇ。」
……少し、今からでも距離をとった方がイイのだろうかと思案してしまう。
会話が途切れる。
気まずいような、そうでもないような。
びみょうな沈黙が辺りをゆるやかに支配していた。
――どうして私まだ此処に居るんだろう。
率直な心境を胸中で呟いてみた。
そもそも部活が終わって気紛れで教室に戻ってきて、ぽつんと座っていた彼女が視界に入り。夕陽に照らされた整った横顔が絵画みたいに綺麗で、何をしているのか少し、興味が湧いて話し掛けたけど、でもだからってこんな空気になってまで残る必要はあるんだろうか。ああでも、植本サヤカが話に乗ってくれるなんてそんな状況、今を逃したらきっともうないし、切りあげちゃうのはもったいない気がする。
なんとか会話をしようと必死に話題をさがす。そして、前々から思っていたことを切り出してみることにした。
「……あのさ」
「うん?」
「植本さんの名前って、涼しいって書いて〝さやか〟って読むでしょう?」
「……、……そーね。」
肯定するとき、ほんの少し嫌そうに歪む植本サヤカの表情。もしかしたら彼女は、この名前をあまりよく思ってはいなかったのかもしれない。だけどその時の、彼女と話せたことに浮かれていた私は、それに気がつかなかった。
だからこそ、なににも憚ることなく、ただ自分の感想を素直に口に出来た。
「前から思ってたんだけどね。この名前、とってもきれいで、いい名前だよね。私、好きだな。」
邪気なく言い切ってから、いや流石に好きは言いすぎっていうか恥ずかしかったかな、と思ってちょっと照れ笑いをしてしまった。
それにつられたか、彼女の顔からつくられた笑みが掻き消える。
「……ありがと。」
ほんの少し俯きがちに云った植本サヤカの顔も照れくさそうで、ちゃんと笑えば何倍も可愛いんだなあ、と思った。
切っ掛けは多分、そこ。
そして――月日は流れる。
作品名:Like a DIAMOND in the sky. 作家名:金井