【無幻真天楼 第十二回・弐】ハリスのハリセン
「…阿部…?」
聞き覚えのあったその声に京助が一歩足を進めようとすると
「はーいっ」
一足早く緊那羅の声が玄関に向かった
パタパタと廊下を走る音
「京助お客さん」
「…お前…顔蒸れてねぇのか?;」
縁側にひょっこり現れた鳥倶婆迦をみて京助が突っ込む
「暑いよ? でも面白い」
両サイドが長い髪を高いところで結んでまるでツインテールのような髪形になった鳥倶婆迦が縁側に腰掛ける
「ここはくるくる変わるから面白いんだおいちゃんここ好き」
鳥倶婆迦が言う
「昨日は雨が降ってたのに今日はすごく暑くてさっきは風が吹いてたのに今は吹いてなくて」
「んなの当たり前…」
「じゃなかったんだよ…【空】では」
鳥倶婆迦に突っ込もうとした京助の言葉に矜羯羅が突っ込んだ
「いつも同じ」
鳥倶婆迦が後ろに倒れながら言う
「だからおいちゃんここ好きだ…暑いけど」
「…そりゃな; お面は蒸れるだろう;」
最後にちょっと付け足した鳥倶婆迦の言葉に京助が言った
「あ…べさん…」
「あ…ラムちゃん…」
気まずそうな空気が玄関に流れた
「…き…」「きょう…」
同時に口を開いて同時に噤む
「あ…あのね…これ…お供え」
「え?」
阿部が紙袋を差し出した
紙袋には【のがみ】という店の名前が書かれている
「…【操】ちゃんに」
阿部が小さく言うと緊那羅が止まった
「忘れててごめんねっていうのと…思い出したよっていうの…伝えて…」
「阿部さん…上がって」
「え? ちょ…!!;」
緊那羅が阿部の手を掴んで引張ると履いていたミュールが脱げた
「ラムちゃん; 待ってって;」
阿部の声にも振り返らず緊那羅が歩く
「あ…阿部…;」
「あ、京助;」
和室の前を通ると京助が見え阿部が京助を呼んだ
「どこー…って…どこ行くんだ?; あいつら…」
一瞬で見えなくなった阿部と緊那羅の姿に京助が呟いた
開けっ放しの戸からほのかに線香の匂い
悠助を背中に背負った京助の鼻にその香が届いた
「きん…」
緊那羅を呼びながらその部屋の中に入ろうとした京助が言葉を止めた
綺麗に畳まれたタオルに向かって手を合わせる阿部と緊那羅
何故か動けなくなった京助はただ黙ってその光景を見ていた
阿部がチラリと緊那羅を見た
緊那羅はまだ目を瞑ったまま手を合わせている
しばらく緊那羅の横顔を見ていた阿部が再び目を閉じて手を合わせると今度は緊那羅がチラっと阿部を見る
そしてまた手を合わせ始めた
作品名:【無幻真天楼 第十二回・弐】ハリスのハリセン 作家名:島原あゆむ