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「夏海さん、さっきの事件のことなんですけど、犯人の特長とか何かわかってることはあるんですか?」
「どうだったかな、多分特に何もわかってないみたいだよ」
「そうなんですか。早く捕まるといいですね」
「本当にね。このままじゃおちおち出歩くこともできないよ」
 夏海さんはそう言うと、突然何かを思いつめるような表情になり、黙り込んでしまった。何か変なことを言ってしまったかもしれないと思い、謝ろうと声を掛けようとすると、
「そういえばこの話には続きがあってさ、そのとき殺されたのは女の人なんだけど、どうもその幽霊がこのあたりに出るって話なんだよね」
「そ、そうなんですか!?」
 それを聞いた私は、喉元まで出掛かっていた謝罪の言葉を飲み込み、自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。なぜなら私はこの類の話が苦手だからだ。
「うん。髪が黒くて長いんだって。ちょうど如月さんみたいな感じかな」
 そう言って夏海さんは私の方をちらりと見た。私は安いプライドから、いい大人でありながら幽霊が怖いという意気地の無さを隠すために、平静を装おうとした。
「そうなんですか?怖いですね」
「うん。それでね、目撃情報によるとちょうどこの辺りに出るらしいんだ。普通に道路に立ってることもあるみたい、一番多いのはいつの間にか車の後部座席に乗ってるって話だね」
 私の動悸は速く大きくなり、落ち着きを取り戻すことができなくなった。先ほどまで何気なく見てたサイドミラーにも、もう視線を向けることができなくなってしまい、常に前を向いたままだ。
「まあ大丈夫だよ。私霊感とかないし、見ることなんて絶対無いから。そうじゃなかったら如月さんこの車に乗ってないよ。私だって幽霊を好き好んで乗せようなんて思わないからね」
 夏海さんはそう言って笑っている。もしあのまま道路にいたら幽霊を見ていたかもしれない。そう考えると思わず身震いがした。
「そ、そうですよね。大丈夫ですよね」
「ああ、これで後ろに乗ってたりしたら笑えないよ」
 そう言って夏海さんはバックミラーを覗き見た。
「!!」
 すると突然顔色を変え即座に前を向いた。
「夏海さん、どう―」
「如月さん。後ろ見ちゃダメだよ、絶対に」
 私の言葉を遮って、夏海さんが私に謎の警告をしてきた。まさか。
「……後ろに乗ってたりします?」
 小さな声で恐る恐る聞いてみた。
「うん…乗ってたりする」
「!!」
 あまりの出来事に声にならない叫びが出てしまう。恐怖に押し潰された私は、嫌な汗をかきながらガタガタと振るえ始める。そして膝の上で手を合わせ、幼い頃祖母に聞いた曖昧なお経を頭の中で何度も何度も繰り返していた。

「大丈夫だよ如月さん。こういう時は気がつかない不利をすればいいんだ。だから普通にしてれば平気だから」
「わ、わかりました」
 助言は嬉しいのだが、この状況で冷静になれる人なんてはいないと思う。普通ってどうすればいいのだろう。世間話でもしていればいいのだろうか。
「な、夏海さん!実は私、頭が良くないんです!」
 私は何を言ってるんだろう。
「そ、そうなんだ…。勉強とか苦手なの?」
 夏海さんも後ろに幽霊がいることに対して動揺しているのだろうか。それとも私の変な発言に対してだろうか。
「はい。この間、資格を取るための試験を受けたんですけど、不合格だったんですよ。だからきっと私は頭が悪いんです」
 どうして私は自分を貶めるようなことを初対面の人に喋っているのだろうか。本当に頭が悪いのかもしれない。
「それは残念だったね。でも如月さん真面目そうだから今度試験を受けるときは大丈夫だと思うよ」
「ありがとうございます、今度は頑張ります!夏海さんも頑張ってください」
「う、うん、頑張ってね。私も頑張るよ」
「はい!」
 混乱している私とは対照的に、夏海さんはとても落ち着いているように見えた。この人は幽霊がすぐ後ろにいるのに怖くはないのだろうか。恐怖を抱えていた私は、一刻も早く車を降りたいという気持ちに駆られていたが、そんな彼女を見ていると少しだけ安堵することができ、どうにかなるのではないかと考え始めていた。
 すると夏海さんがこちらが手招きをしているようだったので、私は後ろを見ないように顔を近づけた。そして夏海さんは小さな声でこう言った。
「実はね、後ろが気になったから今チラッと見たんだけど、すごいこっち見てた」
 背筋がゾクリし、全身に鳥肌が立っていく。
「これはヤバいかもね」
 その一言で私の中の何か崩れ、頭の中が真っ白になり、全身の力が抜けた。いや、徐々に散っていったという表現が正しいだろうか。一気にというよりスーッと静かに無くなったような感じだ。
「そうですか。それは大変ですね」
 つまりは諦めがついたのだ。もうどうにでもなれ。そうやって私は覚悟を決めた。
「あのね如月さん、私にちょっと考えがあるんだ。試してみようと思うから、しばらく目を瞑っててもらっていいかな」
「ああ、わかりました。それじゃあ静かに目を瞑ってますね」
 私は夏海さんの言葉に何の疑問も持たずに淡々と従い、目を瞑った。もう何も考えたくない私は、夏海さんに悪いと思ったが、そのまま寝てしまうことにした。運が好ければ命は助かるかな。それともすでに呪われてしまったかな。そんなことを頭に巡らせながら、私の意識は暗闇の底に沈んでいった。

「如月さん、如月さん」
 誰かが私の名前を読んでいる。まどろむ意識の中、私は声のする方を向いてみた。
「着いたよ」
 そこには夏海さんがいた。
「え?どこにですか?」
「彼氏の家」
 そう言って夏海さんが指差した先には立派な門構えをした家があった。
 そうだ。ヒッチハイクをした私はこの人に拾ってもらい、彼氏の実家まで連れて行ってもらっていたのった。それで途中で何かの話をして……確か通り魔についてと、後は……幽霊が……。
「!!」
 そこまで記憶を辿ると、私の頭は瞬時に覚醒した。そうだった、後ろに幽霊が乗っているという状況で私は寝てしまったのだ。
「夏海さん!幽霊はどうなったんですか!?」
 そこで大声を出してしまった私は、もし幽霊が今も後ろに乗っているとしたら、大変なことをしてしまったのではないかと思い、体が硬直しそうになる。
「ああそれね。ごめん、あれ嘘だったんだ」
「え?」
 私は予想外の発言に目を丸くした。
 え?嘘だったの?どこからが?とういうよりどうして嘘を?
 突然の言葉に様々な疑問が湧いてきたが、ひとまず頭の中を整理し、落ち着いて一つずつ尋ねていくことにした。
「嘘だったんですか?」
「うん」
「女の幽霊は後ろに乗ってなかったんですか?」
「うん乗ってなかった。如月さんが後ろ見たらバレちゃうと思ったけど、それならそれでよかったしね。結局見なかったけど」
 夏海さんは悪戯に笑っている。私は先ほどの危惧していた事が杞憂に終わったことに安堵すると、肩の力が抜け、大きく息を吐き出した。そしてどうして嘘をついたのかを彼女に聞いてみた。
作品名:正体 作家名:A.S