正体
「話の種がなかったっていうのもあるけど、如月さんって怖がらせたらかわいい反応をしてくれそうだったから、ちょっと怖がらせたくなってね。それで最初通り魔の話をしたときは反応が薄かったから、それじゃあって思って幽霊の話をしてみたんだ。そしたらいい感じに怖がってくれるから楽しくなっちゃって。まあ、今思い返すと少しやりすぎたね。ごめんね」
ことの真相について話すその顔からは、申し訳なさそうな表情と、口元に浮かべる笑みが見て取れた。
「じゃあつまり、最初から最後まで全部嘘だったってことですか?」
「うん全部嘘」
つまり私は終始、彼女の嘘に振り回されていただけたったのだ。
「やめてくださいよ。私ああいう話は苦手で本当に怖かったんですから」
「いやあ、ごめんね。今度ご飯でも奢ってあげるから許してね。それじゃあ、行こうか」
そう言って夏海さんは車から降りようとしている。それを見て私は怪訝に思った。
「あれ?夏海さんも車から降りてるんですか?」
「うん。だってあれ私の家だし。如月さんの結婚相手って私の弟のことだよ」
私は改めて目を丸くした。
「え、じゃあ私のお義姉さんってことですか?」
「そう、お義姉さん。ちなみに地図と住所を教えてもらった時にもしかしてって思って、名前聞いたときにそうだって確信したんだ。そういう人が来るっていうのは聞いてたしね」
つまり夏海さんは最初から私が誰だかわかっていたということだ。もしかしたら夏海さんが私に悪戯をしたのは、身内になるから大丈夫、といった考えもあったからなのかもしれない。さすがに見ず知らずの人を怖がらせようとは思わないはずだ。
「そうだったんですか」
「うん。じゃあそろそろ行こうか。向こうも待ってるはずだよ」
その後私たちは車を降り、家へと向かった。庭内に入り玄関の脇にある表札を見ると、確かに彼の苗字が書かれており、少しだけ緊張を高まってきた。玄関を開けると、なにやら騒がしく楽しそうな声が奥から聞こえ、おそらく親族の方が集まって宴会をやっているのかもしれないと思った。そして夏海さんの「ただいま」と言う声が家に響くと、誰かがこちらに向かってくる音が聞こえた。現れたのは彼氏だった。
「おかえり、ってあれ?」
出迎えに来た彼は私を見て驚いていた。
「あんたの結婚相手が道路に落ちてから拾ってきてやったんだよ。感謝しな。だから如月さん一割頂戴」
「そうだったんだ。ありがとう姉さん。でもやらないよ」
「それは残念。如月さん愛されてるねえ」
会話をする二人の隣で、私は面はゆくなっていた。
「それじゃあ如月、上がって」
「あ、うん」
彼がそう言ったので私は家に上がり、続いて夏海さんが上がる。その後、私たち三人は今に向かうために廊下を歩いていると、彼が唐突に口開きこう言った。
「そうだ、今日ここに来る途中に幽霊を見たんだ」
その言葉に耳を疑った。
「ほんとに?」
それを聞いて夏海さんが彼に念押しする。
「うん、髪の長い幽霊だったよ」
私は身震いがした。夏海さんはそのことに関して嘘だと言っていたはずだ。私はどういうことかわからず、夏海さんのほうを窺ってみると、ちょうど彼女と視線が合った。だが夏海さんは、自分は知らないといった手振りをしている。もしかして嘘が本当になってしまったのだろうか。
「ちなみにいつどこで見たのさ」
夏海さんが詳しく尋ねると、
「実はついさっき俺も家に着いたんだけど、ここに車で来る途中バス停の前を通ったんだ。そこの小屋の中をチラッと見たらしゃがみこんでる女の霊がいたんだ。その時ってその日のバスはもう来ない筈だったから、あそこに人がいるってないんだよ。だからあれは絶対に幽霊だったね」
彼の話を聞いて私はあることを思い出した。そういえば私がしゃがみこんでいた時、夏海さんが来る前に、バス停の前を一台の車が通ったはずだ。もしかしたらその車が……。
そうやって黙考していると、私は不意に肩をつつかれ、そちらを向くと、夏海さんがもしやといった表情でこちらを見ていた。そして私はそれに応えるように小さく手を挙げた。それを見た夏海さんは呆れた顔で大きく息を吐くと彼を指差し、私にこう尋ねてきた。
「ねえ、こんなやつでいいの?」
私はその質問に対し、
「ええ……まあ」
そう言って苦笑を返すしかなかった。