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しっぽ物語 10.青ひげ

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「女性に優しくしたいって思うのは、当たり前のことじゃないか」
 心の中で何度も繰り返したおかげで、本心を言い訳だと認識できるようになりつつある。声色だって、呆れているかのように平坦でさりげないものだった。それでもくたびれた笑みを浮かべたままのLは気まぐれを武器に、何も知らぬまま首をじわじわと締め上げてくる。
「おまえの妹が嘆いてたぞ。さっさと結婚すればいいのにって」
 息が止まりかける。
噛み締めた奥歯を、Lは散漫な注意力のおかげであっさり見逃した。眼の前の男に不信感を抱くどころか、哀れみの眼差しすら向けている。
「同情か。それこそ、例の天使と結婚すればいい。多分、世界で一番不幸な女だぞ」
「考えてたところだ」
 事実を誤魔化そうと笑ったが、強張った顎は口を開く前に一度がくんと音を立てた。
「そう、この前見舞いに行ったら、泣いていたよ。私は不幸だってね」
 ちょうど、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた妹のように。
『私ほど不幸な人間はいないわ』
 エルメスの上掛けと兄の腕に絡めとられた妹は、いつまで経っても身を固くしたままだった。
『こんなの、赦されるわけない。Lは女のところから帰って来ないし、しまいには、こんなこと』
『もう泣くなよ』
 母親に似て長い首筋に鼻先を埋め、Gは呟いた。
『Lと別れたいなら、別れればいい。子供だって。望むことは何でもしてやる』
胸元で反発する肩胛骨の動きから、呼吸が上擦ったのを知る。
『可哀相に』
『哀れんでるのね』
 乾いた声は、新婚夫婦の寝室には余りにもそぐわなかった。
『兄さんは、いつもそう。慰めて、相手が幸せになったら、それでおしまい。飽きて捨てちゃうの』
『そんなことない』
『今更どうでもいいわ。知ってて誘いに乗った私が馬鹿だったのよ』
 ベッドが軋み、眼の前に柔らかく肉のついた背中が聳え立つのを、Gはだらけきった眼で眺めていた。綺麗に並んだ背骨は、白く固く、まっすぐに伸びている。
『心配しないで。子供、産むから』
 ブラインドの縞模様で切り刻まれたまろい肩の震えを見たときに感じた、胸が詰まりそうなほどの温もり。目が離せないでいるGを知ってか知らいでか、彼女は鼻声で言葉をみっともなく震わせるという芸当までやってのけたのだ。
『だからもう、ここには来ないで』
 その瞬間、彼ははっきりと欲情を自覚した。