アイラブ桐生 第4部 49~50
山荘美術館は、実業家の加賀正太郎氏が
大正から昭和の初期にかけて建てた、西洋風の別荘です。
館内では、優しい光を透かしだす壁面の大理石やシャンデリア、
明るいテラスなどの優雅なしつらえを、今でも建てた当時そのままに
見ることができます。
暖炉や随所で見かける大理石のランプなども、
当時のままの輝きを保っています。
黒光りをしている階段の手すりひとつにも、
建てた加賀氏の愛着が感じられました。
館内に入って間もなく、回廊のその先には、
モネの”水蓮”が展示されていました。
水蓮ばかりをまとめて見せるための、特別鑑賞用の部屋です。
「おちょぼ」がモネの絵の前で、吸い寄せられるように、
ぴたりと立ち停まりました。
汗を拭くためのハンカチを持った手が徐々に止まり、
やがてハンカチを強く握りしめたまま、、
胸の前で抱き寄せられて、しっかりと交差をしました。
傍目から見ていると、
『おちょぼ」の呼吸さえ止まっているかのように見えます。
短い吐息をついた「おちょぼ」が数歩下がり、画を見つめた視線のまま
脚に触れたイスへ、静かに腰をおろしました。
さきほどまで全身で野外を跳ねまわり、
無邪気なおてんばぶりを見せたな6歳が、一転して、息をひそめ、
ひたすら睡蓮を見つめはじめました。
腰を下ろした「おちょぼ)には、まったく動く気配がありません。
絵のもつ意味と雰囲気を、自分の五感と全身で、
必死に受け止めようとしています。
ほほえましくも見えるそんな光景を、私は少しだけ離れて、
いつまでも見守ることにしました。
「おちょぼ」が、静かに動き始めました。
被っていた大きな帽子取ると、
その下でしっかりと束ねられていた長い髪を、頭をゆるやかに
右と左に振りながら、ふわりと自由に解き放ちはじめました。
外された帽子は、ハンカチと共に自分の胸に抱えこまれました。
潰れるかと思うほどの力が込められて、握りしめています。
それでも「おちょぼ」の真剣な眼差しは、睡蓮を見つめたまま、
まったく動きません。
絵と会話をしょうと言う、
「おちょぼ」の熱意が、こちらまで届いてきました・・・・
(この子には、絵を理解しようとする衝動が有る。
優れた感性の持ち主は、優れた作品に対しては、
常に本能的に反応をすると良く言うが、
この子にも、充分なほどの『それ』があるようだ・・・・)
作品名:アイラブ桐生 第4部 49~50 作家名:落合順平