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アイラブ桐生 第4部 49~50

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 「おちょぼ」が強い目線で振り返ります。


 「服装のことでは、決してあらしません。
 お稽古どす。
 祇園というものは、おなごが芸を磨いて、
 磨きぬいた芸ではじめて生き残れる街なんどす。
 小春お姉さんも、おっきいおねえさんがたも、
 それぞれみなさんが、
 いちように、歯を食いしばって通ってきはった道なんどす。
 そのお姉さんがたに、今の春玉の姿を、
 見せることなど、でけしません。
 本来ならば、遊びよりも、お稽古に明け暮れているのが普通です・・・・
 ふとそう思った瞬間に、お姐さんがたへご挨拶をするどころか、
 思い切り恥ずかしくなってきて、我を忘れ、
 一目散に逃げ出してしまいました。
 おおきにすんまへん。」



 「おちょぼ」は私に背中をむけたまま、また
大きな帽子を下へ引き下げています。
小さな背中が竹林の真ん中で、さらに深くうつむきはじめました。
「おちょぼ」の肩へそっと手を置いてみした・・・・
ぴくりと小さな反応を見せたおちょぼが、
さらにまた、真深く帽子を引き下ろしていきます。



 「今朝、出掛ける前に小春姉さんに教わりました。
 舞妓も芸妓も、祇園で働いているうちは、
 何があっても、祇園の中では、
 絶対に泣いてはいけないと教わりました。
 お客さん方の前ではもちろんのこと、おかあさんや女将さん、
 お姉さんがたの前では、いつでも笑顔を忘れぬように、
 精一杯に笑顔を見せて、よろしゅうお願いいたしますと
 にこやかに笑いなさい。
 そうすることで、みなはんに可愛がってもらうんだよって・・・・
 そんげなふうに教えていただきました。
 それでも、生きていれば涙は生まれてくるそうです。
 泣きたくなったら・・・・我慢が出来なくなって、
 どうしても泣きたくなったら
 一人きりで、秘密の場所で泣きなさいと、
 そうも教えてくれはりました。
 小春姉さんは、ここの景色の中で泣きはったそうです。
 わざわざここまで来はって、一人っきりになって、
 泣いていたそうです。
 だから、わたしもこの竹林を見ておきたかったんです・・・」


 竹林の向こうで気の早いセミが鳴き始めました。
日暮れが近づいていることを告げて始めます。やがてそのセミの声は
大きな共鳴を呼びながら、竹林の中ををさざなみのように
広がっていきます。




 「祇園のみなはんは、
 我慢に我慢を重ねながら芸事に励んでおられます。
 自分に打ち勝ったお方だけが、花街では生き残れます。
 舞妓は舞いが命です。 舞いには精進が命どす。
 たくさんの時間と、たくさんの汗と、
 たくさんの涙が、芸を育てるための土壌になると教えていただきました。
 精進した者だけが、本当の笑顔と芸を手に入れることができるんどす。
 お前にもそのうちに、泣く場所がきっと必要になるからと
 こっそりと、小春姉さんが教えてくれたのが、
 この場所です。」


 そういったきり、
「おちょぼ」が、竹林にむかって一層うなだれます。
涙を堪えていた小さな背中が、やがて小さく震え始めました。
私には、どうすることもできません。
大きな帽子に隠れたままのおちょぼは、声も出さずに、
静かに涙をこぼし続けています。
祇園と言う花街は、ちっとやそっとの覚悟で生き残れる街では無いのです。
17歳になったばかりのこの少女は、もう自分の運命と、
真正面から立ち向かおうとしています。


 お千代さんが、出掛けに言っていた、
この不思議な帽子の意味がやっとわかりました。
舞妓の日焼けをふせいでくれる他にも、
人目を忍ぶという意味もありました。
そしてさらにもうひとつ、涙をかくす意味まで含まれていたことに、
この時に私は、ようやくのことで気がつきました・・・・