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鈴~れい~・其の二

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 一つには、嘉利が評判どおり、〝初物食い〟―つまり、生娘ばかりを好んで漁っていたせいもある。普段の夜の相手を務めさせるために、城の奥女中に何人かは手を付けてはいたようだが、これもほんの気紛れに伽をさせるだけで、決まった相手というのはいなかったようだ。
 その夜、嘉利の相手をしたのは、大方はそういったお手付きの腰元の一人らしい。通常、殿さまのお手が腰元に付いても、すぐに側室になれるわけではない。殿の御子を宿し、無事身二つになってから改めて独立した部屋を賜り、〝お部屋さま〟と呼ばれ御子のご生母としての待遇を受ける身分、つまり正式な側妾と認められるのだ。いわば、殿の御子を生むまでは、幾らご寵愛が厚かろうと、あくまでもお手付きの腰元にすぎないのである。
 むろん、懐妊が判った時点で、腰元としての勤めも免除され、局(部屋)を与えられはする。しかし、それはあくまでも一時的な措置で、公式に認められる愛妾となるのは出産を終えた後のことだ。
 ところが、お亀の場合は例外だった。嘉利はお亀を寝所に召したその夜から正式な側室として扱い、独立した部屋を奥向きに与えた。まさに前代未聞の破格の待遇である。
―まだ御子もお生み奉ってはおられぬのに。
 と、奥向きの女たちの嫉妬は烈しかった。
 当然ながら、お亀を見つめる回りの眼はけして好意的とは言い難い。
 そして、当然というか、こんな悪意に満ちた取り沙汰がされた。
―殿は、あのような小娘のどこが良いのでございましょう。
―顔も不細工だし、気も利かない、ただの田舎娘ではございませぬか。このお城の奥向きにも若くて眉目良き女子はおるというに、何ゆえ、あのようなぱっとせぬ娘にお手が付いたのか判りませぬ。
―まあ、殿があの田舎娘に手をお付けになられたのは、かえって物珍しいからでございますよ。それ、ご馳走ばかり食しておると、たまにあっさりとした田舎料理が食べてみたいと思うようになると俗に世間でも申すではございませぬか。つまり、ほんの気紛れというものにございましょう。
―とは申せ、どのような美女であろうと長続きのしなかった殿が、あの田舎娘はまるで眩しいほどのご寵愛ではございませぬか。不器量な田舎娘にはございますが、身体だけは立派で豊かなようでございますゆえ、こうも夜のお召しが続けば、その中、すぐに懐妊するのでは?
―そこでございますよ。この際、眉目形よりも殿があれほどまでにご執心さなっておられるのは、あの娘の身体の方にございましょう。男など何も知らぬといった初な田舎娘に見えましたが、存外、男を知り尽くしたあばずれであったのやもしれませぬ。男を惑わす手管にも長けておるのでしょう。
―それでは、虫も殺さぬような、大人しげなふりをしているだけにございましょうか。
―大方、男女のことなぞ何も知らぬといったように見せかけていたのも、殿のお気を引くためであったに相違ございませぬ。
 と、まぁ、奥向きは女だけの世界ゆえ、実にあけすけな内容で事実無根の噂が真しやかに語られているのだ。
 嘉利の真意はともかくとして、お亀が与えられた待遇が常識では考えられないものであったことは確かではあった。
 つまり、現在のところ、木檜城の奥向きに公に認められた側室はお亀、ただ一人なのだ。
 側室として〝藤乃〟などというたいそうな名を与えられたお亀に夜のお召しがなかったのは、奥向きに迎えられて以来、その夜が初めてのことであった。
 常であれば、夜(よ)離(が)れか、男の心が離れていっているのかと不安がるものだろうけれど、お亀がそんな心配をするはずもない。そのお陰で、その夜は、久方ぶりに手脚を伸ばして、一人で朝まで熟睡できた。
 一度、解放されると、再びあの汚辱の夜に耐えることがどうにも我慢できないもののように思えてくる。お亀は次の夜とその次の夜、思い切って、月事(生理)を理由にお褥を辞退した。
 嘉利が怒るかもしれないと内心は怯えていたのだが、意に反して、嘉利からは何も言ってはこなかった。
 三日目の朝、お亀は一人、部屋の縁側に座っていた。今日も暑くなりそうな一日である。
 そろそろ梅雨入りが近いのかもしれないが、雨はここ数日降ってはいない。
 障子戸はすべて開け放した部屋からは、小さな庭が見渡せる。雨のないせいで、紫陽花の色は殆ど変わらず、心なしか元気もないようだ。
 このまま、自分はどうなってゆくのだろう。
 嘉利が自分という存在を忘れてくれたのだとしたら、飽きてしまったのだとしたら。
 それはそれでホッとする。もう、あんな恥ずかしい辛い想いをすることもないのだと思うと、安堵のあまり涙が出そうになる。
 でも、世に残酷さを知られているあの男が飽きてしまったのだとしたら、お亀の生命は今度こそ長くはないかもしれない。閨を共にしたからとて、膚を合わせたからとて、あの男に女に対する情愛があるとは到底思えない。ひとたび飽きてしまえば、まるでボロ雑巾を捨てるように―いや、それよりももっと酷い方法で嬲り殺すのだろう。
 あの男は、そういう男なのだ。
 いつ殺されるのか。嘉利にこの一ヶ月間、慰みものにされ続け、お亀の身体は最早、汚れ切ってしまっている。今更、こんな身でのうのうと生き存えようとは思わないが、できれば、あまり苦しまずに逝きたいというのが本音であった。だが、あの冷酷な男に、苦しめずに殺してくれなどと頼めば、かえって歓ばせ嗜虐心を煽るだけだ。
 そんなことをとりとめもなく考えていると、また涙が出てきた。お香代の形見の鈴を帯から取り出そうとしたその時、聞き憶えのある声が降ってきて、思わずピクリと身を震わせた。
「また泣いているのか。一体、そなたが泣いておらぬことなどあるのか?」
 お亀は弾かれたように振り向き、両手をついた。
「どうだ、月のものは終わったか?」
 唐突に問われ、お亀は羞恥に頬を染めた。
 女の立場としては、面と向かって訊ねられたくはない話題だ。と、同時に、恥ずかしさだけではなく、ヒヤリとしたものが背筋を走った。
 嘉利の冷めた眼は、お亀の嘘を端から見抜いているかのようだ。
 しかし、嘉利は話題が話題だけに、お亀が恥ずかしがったと良いように理解したらしい。―と、お亀が楽観的に受け止めた時、嘉利が口の端を歪めた。
「ま、良い。たとえ、それが俺を拒むための言い訳だとしても、この際、大目に見てやろう。のう?」
 嘉利はお亀の顔を見て意味ありげに笑った。
 やはり―嘘は見抜かれていたようだ。
 今度こそ、どのような罰を与えられるかと思うと、身が竦む。
「ちと庭に出てみぬか」
 そのひと声に、次の間に控えていた腰元が近寄り、嘉利とお亀の草履をきちんと揃えて靴脱ぎ石に置いた。
 お亀はあまり気が進まなかったが、殿の仰せとあれば従わないわけにはゆかない。嘉利の後に続いて、自分も草履を突っかけ、庭に降り立った。
「今年は梅雨入りが遅いな」
 お亀の不安をよそに、嘉利はどこかのんびりした声で言う。
 と、突如として嘉利がお亀を引き寄せた。
「今宵は、辞退することは許さぬぞ。良いか」
 耳許で囁かれ、お亀はうなだれた。
作品名:鈴~れい~・其の二 作家名:東 めぐみ