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打算的になりきれなかった一週間

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第十四章 約束の一週間目



それから一悶着あったけれど、だいぶはしょる。帰ってきた翔大は
寿絵さんを説得した。寿絵さんは両親に相談したが、被害届は提出しなかった。
その後、坂口先輩が両親に連れられて謝りに来たらしい。
(ちなみに、私と唯の件は小さすぎて警察では取り扱わないそうだ。ま、そりゃそうだわな)
消化不良だけど、人が死ぬ訳じゃない事件って、そう言うものなのかも知れない。

「平和になったわね」
放課後。私は翔大と肩を並べて公園に来ていた。桜は先日の雨でだいぶ散っており、
おまけにベンチは濡れていた。けれど結構公園内はきれいだ。清掃が行き届いている。
私はベンチにハンカチを敷くと腰掛けた。翔大は立っている。顔をしかめて
「俺は平和じゃねえよ。電話がばんばんかかってきてる」
「おやまあ」
「こっちに来いってさ。親父に代行を頼んだけど、いろいろ手続きが煩雑らしい」
翔大は結局跡を継ぐことになったが、相続手続きは未成年と言うこともあり
お父さんに任せて戻ってきたのだ。けれど代行の書類一枚ではいかんとも
しがたいらしい。やっぱり本人が役場に来ないと。役場でそう言われたらしい。
「ああ言うから任せてきたのに……あの親父の優柔不断なとこ、何とか
ならないもんかねえ」
私はくすくすと笑う。
「そっくりじゃない」
「だからイヤなんだよ」
言って桜の枝を引っ張る。こらこら、植物に当たりなさんな。
日が陰ってきた。少し肌寒くなる。夏服のセーラーは春にはまだ早い。自分の
肩を抱くと、翔大は寒い? と聞いてくる。もう帰るか、とも。
ううん。私は首を横に振る。もう少し、このままで。
今日が約束の一週間目なのだから。
私と翔大は他愛ない話をする。学校のこと、教師のこと、友人のこと。
人影が少なくなる。本格的に薄暗くなってきた時、母から心配して
電話があった。私は立ち上がる。
「帰ろう」
「……うん」


翔大の自転車の後部座席に乗せてもらう。重くない、そう尋ねると、
俺案外力あるんだぜと言った。家にはすぐに着いた。私は手を振る。
「今日で最後ね」
「うん……」
「翔大、ありがとうね。助かった」
「打算メモはどう、増えた?」
翔大は笑う。つられて私も笑う。
「もうばっちり」
言ってメモを取り出す。「2冊目なの」
「結構書くな。小説でも書いたら良いんじゃないの、お前」
「あはは、そんな才能無いよ」
「裕美」
翔大が低い声で言う。私は小首を傾げた。
「何?」
「俺、あのさ……」
翔大が何か言いかけた、その時だった。玄関から私を呼ぶ声がした。
「あ、お母さん」
母が立っていた。「ごめん、友達としゃべってたら遅くなっちゃった」
母はにこやかに翔大を見た。頭を下げる。翔大も頭を下げた。
「すみません、引き留めてしまって」
「良いのよ。あなたも親御さんが心配なさってるわ。早く帰りなさいね」
「はい。……裕美、それじゃ」
翔大は手を振る。私は背中を見つめながら、手を振った。精一杯の勇気を出して言う。
「また明日ね!」
翔大は一度だけ振り返ると、かすかに笑ってくれた。


だが。
明日など来なかった。
翔大はその日を限りに、学校から姿を消してしまった。