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打算的になりきれなかった一週間

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第十三章 寿絵

 

次の日、私は学校を休んだ。気分が悪いと母に嘘を付いて。
心配してくれる母には悪いが、子供にも事情がある。
翔大と唯は夜に家に着くと言っていた。それまで、待っていよう。

「それじゃ、お母さんパートに行って来るから。あったかくして寝てるのよ」
「はぁい」
母を送り出してから、パジャマ姿の私は勉強をしようとノートを出した。塾をやめてから
ろくに勉強していない。成績は下がる一方だった。これでは、打算的な女どころか
高学歴も正社員も難しい。もっと地頭が良ければなぁとつくづく思う。世の中には
出来の良い人たちもいて、その人達は授業を聞いてるだけで何とかなるというのに。
いや、でも最近はそういう人たちも塾に行っていて、私などとても追いつけそうにない。
------ええい、言い訳はやめやめ! とにかく勉強あるのみ!
ピンポーン
その時だった。インターホンが鳴った。母なら鍵を持ってるはずだけど……忘れたのかな?
「はい?」
ドアの前には制服姿の女の子が立っていた。大人しそうな、きれいな肌の
同学年くらいの少女。
彼女は緊張した面持ちで私を見る。
「初めまして。木嶋寿絵と言います。もしかして、あなたが裕美さんですか?」


「中多君が留守だったみたいだから、悪いと思ったけれど友達に聞いて
家に来ました」
「翔大は訳があって北海道に行ってるわ。あと、今、うち家族が誰もいないの。
だから安心して」
変な会話だ。テーブルの麦茶を見ずに、寿絵さんは私をまっすぐに見据えた。
「坂口先輩に事の次第は聞きました。単刀直入に言います。
私に対して坂口先輩のやったこと、告発しないでください」
「何で!?」
あまりに意外だったので、私はテーブルに手を突いた。麦茶を入れたカップが揺れる。
寿絵さんは顔を伏せる。
「当たり前じゃないですか。あんな写真を撮られて、ネットにアップされた画像が
私だってみんなにばれたら……私、居場所が無くなってしまう」
ということは、坂口先輩はあれが彼女だとはネット上に書いていないのだ。
「そんなことないわ。警察が被害者のことをばらすはずはない」
「だとしても、裁判沙汰とかになったらどうするんです? 
みんなの前で……そんなの私、耐えられない!」
わっと泣き崩れる。胸が痛かった。寿絵さんは何も悪いことをしていないのに。
私はそっと寿絵さんの肩を叩いた。
「悔しくないの?」
「そりゃ、悔しいわよ! あんな女、殺してやりたい!」
「……翔大も悔しいって。あなたを守れなかったこと、すごく悔いているの」
ぴた、と寿絵の動きが止まる。
「……翔大が……?」
「そう。あなたのこと、本当に好きだったみたい」
胸がちくちく痛むのは、何も同情のせいだけじゃない。
私はなるべく優しい声を出した。
「だから、勇気を出して。頼りないかも知れないけど、私も協力するから」
「何で、あなたが?」
真っ直ぐな目が私を見据える。ああ、翔大は、こういう娘が好きなんだ。
真っ直ぐで汚れのない。……あんな告白をした私なんて、対象外も良いところだ。
「私は翔大の味方だからよ」
それしか言いようがない。寿絵さんは立ち上がった。待って、と私は言う。
しばらくたってから、彼女は首を横に振った。
「……考え直してみる……あと、翔大に伝えて欲しいの」
「良いよ、何?」
彼女はこくりと息を呑んだ。
「翔大の悪い噂を流したのは、私だと。それでも協力してくれますか? って」
空気が凍り付いた。私は青い顔をしていたと思う。
「どうして」
「許せなかったから……」
私の問いに、彼女はふらふらと歩き出す。私は後を追った。玄関口まで来て
寿絵さんは頭をぺこりと下げた。
「おじゃましました」
何か言わなければ。そう思って、私は口を開く。
「でも、私たち、寿絵さんの味方だから。翔大もそう言うと思う」
寿絵さんはどこか哀れむようなまなざしで私を見た。そして軽くおじぎする。
私は長い間玄関口に突っ立っていた。