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打算的になりきれなかった一週間

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第十二章 父



「とりあえず、問題を整理してみよう」
スケッチブックとペンを取り出し、テーブルの上に置く。
「俺と寿絵が付き合ったのは一ヶ月。そのうち一週間は喧嘩ばかりだった。
疎遠になって二週間後には俺の婚約者の噂が広まっていた」
「その二週間後に裕美が告白した。5日前のことね」
「そう。寿絵があの写真を撮られた時期としては、最初の3週間が最も確率が高い?」
「そうかしら。むしろ喧嘩してた時期に撮られたと考えると
しっくりくるわ。だって、気付かなかったんでしょう? 普通、ラブラブなら
相手の様子がおかしければ気付くはずだわ」
「裕美の時は随分と行動が早かったな」
「寿絵さんで慣れていたからじゃないの。あるいは自信を付けていた。
ばれやしないと」
「そうか……じゃあ何で寿絵は俺に言わなかったんだろう?」
尾上はちょっと呆れたように俺を見た。
「そんなの、あなたに未練があったからに決まってるじゃない。情のある相手を
傷つけたくなかったのよ」
「……寿絵と俺が別れた後の2週間。何者かが俺の噂を流した。最初の出所は
寿絵だろう。だがどこかで誰かが歪めた。途中で婚約者がいることが
分かったのに、最初から騙していたかのごとく」
「それは、3つの可能性が考えられるわね。寿美さんの友人が流したケース。
坂口先輩が流したケース。そして……寿絵さん本人が流した可能性」
俺は断定的に言った。
「それはどっちでも良いよ」
「逃げないでよ」
「逃げてない」
「逃げてるじゃない。ねえ、中多君。もっと真剣に考えて。あなたは今、人生の岐路に
いるのよ。このままじゃ、裕美や寿絵さんを苦しめた仕返しをする暇もなく、
この家の跡取りにされて、そのうちうやむやに結婚させられる羽目になるわ」
俺は頭を抱えた。優柔不断なのは分かってる。情けないのも。だが。
「……人間、そう簡単に変われ……痛っ」
唯に叩かれた。思いっきり。尾上は立ち上がる。
「裕美はどうするのよ、この馬鹿! あんな事があって、不安に決まってるじゃない。
それを放りだして来たのよ私たち!」
俺は頬に手をやると、ふう、と小さく息を吐いた。
「……ごめん。俺が悪かった」
「とにかく、3つの可能性があるわ。これで良いわね?」
「うん」
素直に頷く。同い年なのに、何だかお姉さんのようだ。俺は一人っ子だけど。
「過去のことはそれで良いとして、問題はこれからだな」
「跡取りを承認してしまえば、中多君はもう帰れない?」
「いや。荷物も転校の手続きもあるし一旦帰れると思う。六朗高校の
学生としては無理だけど」
「少なくとも、警察沙汰でばたばたする時間はないね」
「そういうことになるな」
「私と裕美が寿絵さんに被害届を提出するよう促すことになる」
「うん」
「でも、今すぐは継がないとなるとどうなるの?」
ちょっと、さっきのやりとりでは分かりづらかったかな。
「今すぐ継ぐのは仕方がないと思ってる。1年だけ誰かが継ぐなんて
話がややこしくなるし、代替わりしたら相続税で持ってかれる量が尋常じゃない。
俺が言ってるのは経営の方。なんとか1年だけ猶予が持てないもんかと」
「一年くらい、洋子おばさんにお任せ出来ないの?」
「責任者出てこい! って時、遠方で高校生やってますってのはちょっと」
コントかよ。
「じゃあ、中多君はここに残るつもりなの?」
「いや。帰るよ。明日の便でここを発つ。誰が止めたって無駄だ。
そのための飛行機代も用意してある」
尾上はほっとしたように笑んだ。
「……ありがとう。ごめんね、叩いたりして」
「痛かったなぁ」
「ふふ」
「笑ってごまかすんかい。まあ、俺は子供だから、父さんと母さんが
高校を辞めさせたら、それに従うほか無いけど。でも地元には残るよ」
「中多君のご両親なら大丈夫だよ」
「え?」
「息子に少しでも長く都会の自由な空気を吸わせてやりたいって、そう言って
あなたのお父さん、仕事で挫折しても帰らなかったんだって。親戚からそう聞いた」
「……そうなんだ」
初耳である。
「うん」
沈黙が降りる。階下から足音がした。思わず階段を覗き込もうとしたが、
ここは家と違って階段まで遠い。しばらくたつと父が廊下を曲がってやってきた。
「話は終わったかい」
「はい。だいたいは」
尾上が言う。父は頷いた。
「葬儀が終わったら帰りなさい。あとはお父さんが何とかする」
そう言って封筒を押しつけてきた。俺は父親を見下ろす。ぽんぽん、と
年季の入った手が俺の肩を叩く。
「大きくなったな。あと3年もしたら、一緒に酒が呑めるな」
それが身長のことではないことを何となく悟って、赤面する。
「父さん、何とかって、具体的にどうするの」
父は親戚中の反感を買っている。押しとどめることは難しいだろう。
「奥の手があるんだよ。縁を切るぞと脅せばいい。なあに、跡取りがいなくなることを
思えば、一年くらいなんとかするさ」
頭がくらくらした。
「父さんって、とことん、無責任……っ!」
「翔大、これが大人のやり方だよ」
そう言ってにやりと笑う。「お前は真っ直ぐだ。それは親にとって喜ばしいこともあるが、
反面、不安にもなる。覚えておきなさい。世の中に真っ直ぐに解決する事態など
無いのだよ」
「……うん」
確かに。俺と寿絵や裕美のことも、坂口先輩のことも、跡取り問題も、
何一つ真っ直ぐには解決しないことばかりだ。
「大一郎おじさん」
尾上がぺこりと頭を下げる。
「私も帰ります。それと……洋子おばさんに言ってください。私は中多君の
お嫁さんにはなりません」
「ああ、それは私も反対だ。未来あるお嬢さんを、うちの馬鹿息子に任せる訳には
いかん。本人達がどうしてもというならともかく」
「父さん……それもっと早く言って欲しかった……」
「? 翔大、どうしたんだしゃがみこんで」
尾上は慰めるようにぽんぽんと俺の肩を叩いてくれる。俺はくしゃくしゃと髪を
掻き上げると、父を見上げた。
「帰る」
「ああ、帰りなさい。残りの高校生活、悔いがないようにな」