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最後の魔法使い 第二章 『学者さん』

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 住宅街は静かだったが、時折、道の両端の家から笑い声が聞こえた。サウスの子供たちは明日も学校があるのだろう。全くの日常だ。誰もアレンの非日常など気にしてはいないのだ。
 ディディーは相変わらず、少し背中が曲がって前かがみになりながら、のそのそと前を歩いていた。アレンは、ディディーの背中を力の限り、思い切り叩きたかった。なにも言わないうえ、勝手に行くところを決めたりするディディーに、無性に腹が立っていたからだ。アレンは、自身がこんな気持ちになったのを、全部あの一本の煙草のせいにしたかった。ディディーが煙草をくれさえしなかったら…俺は「ただのロウア―のガキ」ですんだのに、とアレンは思った。
 こぶしを振り上げ、ディディーのすぐ後ろまで迫った。とにかく、固く握ったこぶしをゴツンと振りおろして、思い切りめちゃめちゃにして、壊してしまいたかった。
 アレンのそんな気持ちに気がついたのか、ディディーはぴたりと歩みをとめた。振り向かず、一言もしゃべらず、ただぴたりと。まるで、アレンの怒りを受け取る覚悟をしているようにも見えた。アレンは、ぶるぶると震えていたこぶしを、固く握ったままゆっくりとおろした。アレンはそんなのは全くの言いがかりだとわかっていた。ディディーを殴って殺してどうなるっていうんだ、とアレンは自分に言い聞かせた。会ったばかりの他人とはいえ、気味悪がることもなく、ここまでよくしてくれるのはディディーだけだ。

誰かのせいじゃないんだ。

アレンにはやり場のない怒りと、悲しみと、混乱だけが残った。
 アレンはたまらず、声を押し殺しながら泣き始めた。聞こえているはずなのに、ディディーは何も言わず、またのそのそと進み始めた。途中、ディディーは胸ポケットから煙草を取り出して咥えた。今度はアレンに、いるか、とは聞かなかった。