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約束~リラの花の咲く頃に~・邂逅編Ⅰ

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 ルックスだってジャニーズジュニアとまではいかないけれど、そこそこ良い線はいっていると思う。少し色素の薄い茶色っぽい髪はさらさらしていて、シャンプーのコマーシャルに出られるほど綺麗だ。少し長めの前髪が額に落ちてきたのをかき上げる仕種が〝格好良い〟と中学では女子たちの間で熱い視線を集めていた。
 むしろ、取り立てて成績も外見も良いところのない莉彩に慎吾が告白したと聞いた女子たちは、〝何で?〟と不思議そうに顔を見合わせたものだった。親友の泰恵と遥香ですら
―慎吾、視力が悪いんとちゃう?
 などと実に失礼なことを真顔で言っていた。
 いつだったか、莉彩が冗談に紛らわせてその話をすると、慎吾が呆れたように肩をすくめた。
―莉彩が知らないだけだろ、お前って、中学時代は男子の間で結構人気あったんだぜ? ほら、今どきの女って、皆、俺たち男より強すぎるじゃん? 活きの良いクラスの女子の中で安藤って一人だけ変わってて、何だか仔猫みたいで、ほわほわした雰囲気が良いよなとか噂してたんだ。
―仔猫? なに、それ。そんなの、賞められてるのか、けなされてるのか判らないよ。
 莉彩が頬を膨らませると、慎吾が陽に灼けた貌を綻ばせた。
―賞め言葉だよ。莉彩、お前は自分が思ってるより、数倍も可愛いし、良い女なんだぞ。
 高校に入って初めての夏休みを過ぎた頃から、これまで少年っぽさの強かった慎吾が俄に変わり始めた。莉彩なんて身長が殆ど伸びなくなって久しいのに、慎吾は半年でまた五センチほど伸びたらしい。ひょろ長かった手脚に筋肉がつき、逞しい男らしい身体つきになり、その分、顔立ちや時折見せる表情や仕種にも精悍さ、大人っぽさが増した。
 莉彩でさえ、一緒にいると時折ハッとしてしまうほどの変わり様だ。慎吾は今、少年から青年への階段を駆け足で上っているところなのだ。日曜日や祝日も野球があるので、現実にデートできるのは一ヵ月にせいぜいが一度くらい。それでも、慎吾は忙しい時間の合間を縫って、莉彩と逢う時間を作る。
―ねえ、和泉君、毎日忙しいだろうのに、たまの休みくらい家でのんびりしたいんじゃない? 私のことなら、気にしないで良いのよ。
 莉彩が言うと、慎吾は破顔した。
―莉彩と一緒にいると、不思議と和むんだよな。癒し系っていうヤツ? だから、家で暇持て余してるより、莉彩の顔見てる方が俺には断然良いんだよ。莉彩は俺の元気の素だから。
 そう言い切ってから、ちょっと照れたように頬を赤らめた。その表情にはこの頃急速に大人びてきたとはいえ、少年らしい初々しさがほの見えた。
 その時、莉彩と慎吾は丁度、遊園地にいた。くるくると回るコーヒーカップに二人して乗り込んでいたときの会話だった。その直後、慎吾の手がふっと伸びてきて、莉彩の頬に触れた。そのまま顔を引き寄せられる感覚があり、
―キスされる?
 一瞬、莉彩は眼を閉じた。今のこの時代に、たかだかキス一つくらいで、ここまでの覚悟(?)が必要なのかと思うほど、身体中に緊張を漲らせて次に起こるであろうことを待ち構えた。
 が、いつまで経っても、慎吾の唇は重ならなかった。
―もう、良いよ。莉彩、眼を開けて。
 その声に莉彩が恐る恐る瞳を開くと、慎吾が苦笑を浮かべていた。
―莉彩ったら、まるでこれから何かの宣告を受けるみたいに悲壮な顔するんだものな。
―ごめん、和泉君。私、そんなつもりじゃ―。
 申し訳なさで思わず泣きそうになった莉彩の頭をくしゃくしゃと撫でて、慎吾が屈託なく笑った。
―莉彩の気持ちは判ってるよ。良いから、気にするなって。また、今度な。
 慎吾はいつだって優しい。だけど、いつまでも、この優しさに甘えっ放しで良いはずがない。今のままだと、慎吾の優しさを利用しているようで、自分が許せなかった。
 一度、慎吾に今の自分の気持ちをはっきりと打ち明けた方が良いのかもしれない。しばらく一定の距離と時間をおいて、一人でゆっくりと考えてみたいのだ。慎吾と離れた時間を過ごした後、それでも自分の気持ちが今と変わらなければ―、そのときは哀しいけれど、慎吾とはもう逢わない方が良いのだろう。
 やはり慎吾とは離れていたくない、これからも今までのように逢いたいと思えば、莉彩は慎吾を必要としていることになる。そのときは、莉彩は慎吾が自分にとって何にも代えがたい大切な人だと知るはずだ。
 言いにくいことではあるが、今―いや、これからの二人にとっては大切なことだし、言わなければならないことでもある。
 今日、莉彩は慎吾にそのことを話すつもりでいた。
 それにしても、慎吾は遅い。いつもなら、莉彩よりも早くに来て待っているはずなのに、何か来る途中であったのだろうか。それとも、急用でも?
 だが、慎吾は几帳面な男だ。急用ができれば、必ず電話が入るだろう。もしかして、やはり途中で事故にでも遭ったのか。
 莉彩は焦燥感に駆られ、元来た道を引き返し始めた。舗装はしてあるものの、細い道は車一台がやっと通り抜けられるほどの広さしかない。しばらく家も何もない道をゆくと、ぽつぽつと小さな店が見え始める。一応〝○○商店街〟となってはいるけれど、どう見ても商店街のようには見えず全く客が入っていない店ばかりで、おまけにシャッターを閉めたままのところも目立つ。
 莉彩の家はここから徒歩十五分くらいで、比較的民家の集まった閑静な住宅地といった雰囲気だ。少なくとも、今いる場所よりは数倍、都会的な場所である。
 では何故、二人の待ち合わせ場所がこんなへんぴところなのかといえば、慎吾がいつも高校の部活を終えてすぐに逢いにくるためだ。この商店街は駅のすぐ傍にあるのである。
 慎吾は日曜は午前中、朝練をこなし、それが終わると電車に飛び乗りY町まで帰ってくるのだ。二時間も電車に揺られて。
 疲れていることが多いのだろう。
―電車に乗ってるときは、いつも居眠りしてるよ。お陰で、車掌さんに顔憶えられてさ。毎日、よくそんなに寝てられるねって、嫌味かどうか判らない科白を言われたよ。
 と、頭をかいていたっけ。
「莉彩!」
 聞き慣れた声がして、莉彩は顔を綻ばせた。
 見れば、慎吾が前方からしきりに手を振っていた。莉彩からすると、慎吾は道の斜向かいに立っている。丁度、二人の間の距離は十メートルほどあるだろう。
 莉彩は顔を輝かせて、道を横切ろうとした。
 そのときだった。
 プッブーと烈しいクラクションが鳴り響き、莉彩は硬直した。
 厭な予感に打ち震えながら顔を上げると、狭い道の向こうから一台の車が走ってくるのが眼に入った。
「―!」
 莉彩は息を呑んだ。
 白のセダンが唸りを上げながら物凄いスピードでやって来る。猛り狂う飢えた猛獣のような勢いでこちらに突っ込んでくる。普段、この道をそのような気違いじみたスピードで走行する車はない。大体、車自体があまり通らないのだ。この道に多少なりとも人通りがあるのは、近くのY駅に電車が着いたときくらいのものだ。
「ああっ」
 莉彩が叫び声を上げたのと、誰かの逞しい腕が莉彩を抱き止めたのは、ほぼ同時のことだ。
―もう、駄目。
 莉彩は固く眼を瞑った。