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Life and Death【そのろく】

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「や、久しぶりだな、シノっち、シアっち」
 ミカゲは双子に対して片手を上げる。
「ミカゲ……」
「……一体何処を、ほっつき歩いていたのですか」
「まあ、積もる話もあるけれど、そこはさておき。今はそこのあんた、靈鷲明里に付いてのお話さ」
 ミカゲはそう言いながら、腰を上げる。
「シノっち、シアっち。もうばらさざるを得ないぞ。そうしなきゃ事態は収拾しない」
「いや、私たち今帰ってきたばかりで何が起こっているのかさっぱり分からないんですけどねぇっ!」
「……説明しやがれなのです。しまいにゃぁ必殺仕置き人ごっこなのです」
「まぁまぁ」
 ミカゲは双子の肩に手を置いて座らせる。
「ことの始まりは数ヶ月前。ある一人の男が殺された。そいつの名前は、いいか。ここには関係のない話だ。さて、さて。そいつは中々のオカルト趣味でねぇ。首を突っ込まなければよかったことに首を突っ込んじまった。それがそこのお姉さんのお勤め先。『白き黄泉坂小会』だ」
「まさか、その男を殺したのって……」
「ご明察。勘が良いねぇ、姉ちゃん。――さて、その暗部を除いてしまった男は、その宗教団体の教祖と幹部に殺害された、と。そこまではまあありがちな話だ。だが、そのおかげでその団体の中に不和が起きる。いわゆる権力抗争の類だよ。結構な数の信者が増えたようだからね。信仰の対象が明確化されている教えであったが為に、権力までも分散してしまった。桃木派、五領派、そしてあんた靈鷲派だ。元々は靈鷲派が起こした宗教であるものの、彼ら桃木と五領に横から団体を掻っ攫われそうになっていた。そして、その男の殺害でそのバランスが崩れたのさ。
 ――しかし、そこであんたは考えた。都市伝説として流れている『死せる生者の腕』を手に入れたことにすれば、離れつつある信者も繋ぎとめることができて、かつ他の派閥の牽制にもなると。だから、殺した男の腕を切り取り、ご神体に仕立て上げた。
 だけどねぇ、それには欠点があった。それはなんだと思う?」
「死せる生者の腕は腐らない――」
「姉ちゃん、詳しいね。その通り。本物は朽ちず瑞々しいままの筈なんだ。
 ――しかし、彼の腕は違う。ただの人間の腕であるそれが、腐らないわけがないんだ。辛うじて君はその腕をミイラ化させることによって威厳を保とうとしたが、まあ無理な話だろう。ただの亡者の腕を『死せる生者の腕』に偽装した時点で破綻していたんだからね、この計画は。――だが、しかし。朗報が君の元に入る。それは、本物の腕を持つ者がいるという情報だ。そして、その本物の腕を持つというのが、伊皆シノ、こいつだよ」
 皆の視線がシノへと集中する。
「あんた、そんなもんどこで……」
 夢野はシノを問い詰める。しかし、シノは答えず俯くばかりだ。
「違うよ、姉ちゃん。答えを教えてやる」
 そう言うと、ミカゲはシノの首に手を掛ける。
 ――ぽきり、と。彼女の頭は、本来曲がってはいけない方向に曲がる。
「……あんたっ!」
 夢野は腰に手をやり、鞭を取り出す。
「待って!」
 それは誰が言ったのか。
 それはゆっくりと右手を添える。ぷらりぷらりと後ろに倒れた首を持ち上げる。
「ひっ――」
 静香は小さな悲鳴を上げる。
「これが真実さ。こいつ、伊皆シノが『死せる生者』なのさ」
 シノの頭を、シアが支える。
「シノっちの身体は死んでいるのさ、既に。いわばゾンビってヤツ。生きているクセに、死んでもいる。だからこうして首を折られても生きていられる。いや、死んでいるから死ねないんだよ。そして――」
 次にシアの首に、ポケットから取り出した十得ナイフを突き立てる。
 深々と刺さったナイフ。それを抜くと、勢いよく血が流れ出てくる。
 しかし、シアは倒れない。既に流れ出た血の量は致死量を超えているだろう。なのに、彼女は平気な顔をしてそこに座っている。
「シアっちにはそもそも死という現象が存在しない。だから死ぬことができない。伊皆シノが『死せる生者』なら、伊皆シアは『不死なる者』。双子揃ってアンデッドとイモータルの姉妹なのさ」
「そんな――」
 バカな。夢野は毒吐こうとするが、しかし、その光景は真実に他なかった。
「こいつらがそうなった子細は、まあ省こう。ここには関係のない話だ。そのうちこいつらにでも聞きな。重要なのは、彼女らの体質さ。
 ――まずは伊皆シア。こいつの本質はイモータル。その身体は朽ちず滅びず、しかし、身体から切り離された器官は灰へと変わる。ある部分、生命の核、心臓を除いて。この心臓を移植された人間は不死者になれるというが、まあオススメはしないね。そうやって酷い目にあった奴が結構な数いるだろうよ。
 ――次に、伊皆シノ。こいつの本質はアンデッド。その身体は朽ちず滅びず。ただし既に死んでいる、死を保有するが故に、心臓などの生命活動に必要な器官は本体から切り出せば腐り果ててしまう。しかし、その身体を形作る『器』、腕や足などはその限りではない。
 そして、彼女らには死の無効化の他にもう一つギミックが仕込まれている。それが、肉体の維持。そのギミックが故に、切り取られた伊皆シノの腕は腐らずに、残り続ける」
 ――その力が故に、大沢かなめという不幸な少女が生まれてしまったことを、一つここに補足しておく。
「さて、さて。こいつらの身体にはもう一つ、おまけがある。シノっちの場合は、『既に死んでいるためにその類のものを引き寄せる』特性がある。本来はシアの『死が存在しないが故にその類に嫌われる』という特性によって相殺される能力であるが、こいつが一人だけになったり、あとはその身体の一部だけでもシアっちから離れると、その特性が機能を始める。それが、『死せる生者の腕』が持つ能力の正体さ。――あとは、どういうことか分かるよな?」
 そう言って、ミカゲはその女、靈鷲明里へと眼を向ける。
 すると、靈鷲明里はすぐ横にいた小笠原静香の肩を抱く。
「何で上手く行かないかなぁ。割りと良い考えだと思ったんだけどねぇ」
「え、あ、ちょ、えぇぇぇぇっ!」
 そして、静香の首元にそれを突き付ける。
 ナイフである。果物ナイフだ。
「それはほら、さっきそこのおっちゃんが占いってくれたじゃないか。なんだっけ、『魔術師』逆位置の暗示は……?」
 その問いに、八咫は答える。
「『口だけ』、『浅知恵』、そして『詐欺師』ですね」
「ありゃま。そこまで分かっちゃうんだ。タロットっておっそろしいなぁ。でもまあ、行き当たりばったりでも結果さえ伴えば同じじゃないかしら?」
 そう言って、靈鷲明里はゆっくりと静香と共に談話室の出口へと向かう。
「伊皆シノ、ナキガミサマ。アナタにも来て頂きたく存じます。私達『白き黄泉坂小会』はアナタ様をお待ちです。勿論、来て頂いた場合の供物と、来て頂けなかった場合の供物、両方を用意しております」
「え、それってどういう……私?」
 突き付けられたナイフが語る。伊皆シノが誘いを断った場合の供物が何であるかを。
 これは不味い展開だと、夢野は思う。静香を盾にされてはお得意の鞭も狙いがつけ辛い。自分はインディアナ・ジョーンズでないので、ナイフだけを狙って弾き落とすなんて芸当はまだまだ無理だ。