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Life and Death【そのろく】

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「え、伊皆さんたちいないの?」
「ええ、今朝出て行って、それっきりね」
 次の日の昼過ぎ。小笠原静香は志手野ミカゲを連れてめぞん跡地に足を向けていた。
 どうしようかと、静香は思案する。正直な話、この不気味な雰囲気の建物の中に長居はしたくなかった。
「それじゃあ帰ってくるまで待とうかな」
 そうミカゲは言った。
 どうしよう。このまま帰るのは何か気分が悪い。仕事があるのならそれで切り抜けられたが、生憎と今日はオフである。
 志手野ミカゲのお目当てはこのアパートに住む双子の姉妹、伊皆シノと伊皆シアであった。ミカゲは姉妹とは全国を行脚していた際に出合ったと言っている。なるほど、あの姉妹ならバックパッカーの知り合いは多くいることだろう。
 その志手野ミカゲが、伊皆姉妹の為に遥々このボロアパートを尋ねてきたということだ。
 しかし、双子は不在であった。帰ろうかという時に見知った顔、紅夢野を見つけた静香はこうして夢野に双子の所在を問い掛けたわけだ。
 面倒そうな顔をしながらも、夢野はここで待つと言うミカゲらを談話室へと案内する。
 夢野も何だかんだで面倒見がいい性格をしているな、と静香は思う。部署は違うもののそこは規模の小さな斜陽の出版社。猫の額ほどの事務所で出版を行っているのだから夢野とは顔を会わせることも多い。メディアミックス企画がとんとん拍子で進むフットワークの軽さが、その規模の小ささが物語っている。
「こんにちは」
「……こんにちは」
 談話室には、真っ白な肌の色のお面を付けた男の子と、見るに怪しげな男が二人顔を突き合わせていた。暮宮霞と八咫占札である。最近占い喫茶『Coffee Fortuna』で仕事をしているために中々姿を見る機会が少なくなっている為、占札に会えたことに何やら運命めいたものを感じながら、夢野はコタツに潜り込む。まだまだコタツから抜け辛い季節だ。
「……お姉ちゃん……いいや、何でもいいか」
 ふと、霞はミカゲの顔を見てそう呟く。
「ふむ。なるほどなるほど。これは面白い」
 そして、占札は広げられたタロットから一つを無造作に捲り見て、そう呟く。
 アパートが不気味なら住民も少し個性的だ。あの双子もそうだし、この二人だって十分異様だ。
「あ、夢野さん。大家さんから伝言。来週辺りに家賃受け取りに回るって」
 そして、黄色いケロリン風呂桶を被り、紐で腰に結ばれたクマのぬいぐるみを引き摺りながら談話室を通り過ぎる女の子。
「夢野さん。あなた、ここではマトモな方なのね……」
「いきなり不躾なことを言うわねっ!」
 ここではとはなんだ。
「あの、すみません」
 見慣れぬ顔が一つ、談話室にその面を上げる。
「伊皆さんは、ご在宅でしょうか?」
 女性だ。これもまた珍しい。このアパートに住民以外の者が集まってくるなんて。そう思いながら、夢野はめんどくさそうに応対する。
「そうでございますか。それならば、帰ってくるまで待たせていただこうかと」
 結局その女もミカゲと同じように談話室に上がりこむ結果となった。
 女の名は靈鷲明里。『たまわしめいり』と読むらしい。長く真っ直ぐな黒髪、その肌の白さには目に痛いほど鮮烈な色のルージュと切れ長の瞳が妖艶であった。
「以前、伊皆さんらにはお世話になったので、そのお礼と思い」
「へぇ。……それにしても、不思議な名前ですね」
 そう、静香は明里に言う。
「この名前は靈鷲山が語源なんだと思います。インドの方か、山口の方かはちょっと分かりません。仏教では有名な山らしいのですが、生憎実家も私も仏閣の関係者ではなかったので」
 そこで、ミカゲも口を挟む。
「山といえば、神社仏閣では結構重要な位置付けだからな。霊山とか、御山とか。とかく神様や精霊などにも結び付けられて考えられる」
「それはアジア全般に大体言えることで、あとはペルーくらいですね。カトリックやプロテスタントの場合は、信仰が神という曖昧なモノか、あとはキリストという人間に対してですからねぇ」
 しかし、それにしても凄い集まりだ。帰国中のバックパッカーにエロ漫画編集者、そして妙に博識で凄い名前の謎の女。全てこのアパートの住民でないのが凄い話だ。夢野はちょっと不思議な気分になりながら、客人らの前にお茶を置く。
「で、占いの結果はどうだったのよ。というか何を占ったのよ」
「ちょっとした気紛れですよ。ふと、タロットを捲ったまでです」
 そう言って、占札はそのカードを机に置いた。
 大アルカナ一番目――『魔術師』であった。