山男のサイダー
「心配いらないよ。すぐ助けるからね」
りほちゃんはまたサイダーのびんをもってきて、せんをぬいてサイダーをのませました。
とてもおいしそうにのむさるに、りほちゃんはにっこりわらいかけました。
「これは、うちのお父さんが作ったサイダー
なの。けがのいたみもとんでっちゃうんだよ」
それから、もっていたもう一まいのタオルで、きずの手当てをしました。
さるは、
「ありがとう、お姉さん。ぼく、今日のこと、
一生わすれません」
と言って、元気に帰っていきました。
「気をつけて帰るんだよー! 」
りほちゃんは小さくなっていくその背中に向かって、大きく手をふりながら言いました。
山道もなだらかになってきたころ、どこからか、ブーンブーンと、何かがとんでいるような音が聞こえてきました。
(この音、ひょっとして……)
音が大きくなるにつれて、りほちゃんの心ぞうの音も、どきどきとはげしく鳴り始めました。
りほちゃんはそっと荷車を下ろし、いそい
で木のかげにかくれました。
「ほら来た、やっぱりそうだ」
いやな予感は当たってしまいました。音の正体は、はちのとぶ音だったのです。
でもここならきっと大丈夫。そう思ってほっとむねをなで下ろした、その時です。
「!? 」
何と運のわるいことでしょう! その木の
反対がわから、さっきのはちがとび出してきたではありませんか!
りほちゃんはとっさににげようとしました。しかし、お父さんの言葉が頭をよぎり、動けなくなってしまったのです。
「はちに近づかれても、じっとしてるんだぞ。
動くと、敵だと思われてさされるかも知れ
ん」
その場にかたまったままおびえるりほちゃんに、はちはやさしく言いました。
「こわがらないで下さい、さしませんから。
そのしょうこに、ぼくをよく見て下さい。
おしりに針がないでしょう? 」
言われるままりほちゃんがこわごわのぞきこむと、たしかにその通りです。
「おすのはちは、みんなこうなんですよ」
それからはちは、自分がみつばちだということや、みつばちはじぶんからこうげきすることはないから、こわがらなくていいということも教えてくれました。
「そうだったんだ。ごめんね、こわがったり、
にげようとしたりして」
りほちゃんはあやまりました。
「いえいえ、いいんですよ、ただ」
「ただ? 」
「ぼく、旅の者なんですが、なかなか花のみ
つがなくて、はらぺこでたおれそうなんです。
どこか、いいところを知りませんか? 」
「いいところ、かぁ。うーん……」
りほちゃんは考えてみましたが、自分の知るかぎり、この時期においしいみつを出す花は、ないように思われました。
「ごめんね、いいところは分からない。でも、
いいものなら知ってるよ」
りほちゃんはまたまたサイダーのびんを取り出し、はちのもとにもってもどりました。
「こ、これは、何ですか? 」
はちが少し心配そうに聞きます。
「サイダーっていうのみものなの。町にもあ
るらしいんだけど、うちのはとくべつだよ。材料が、全部自然のものなのだ」
「なるほど、それはすばらしい」
感心するはちに、りほちゃんは王かん(サイダーのびんのせん)いっぱいにサイダーをついでさし出しました。
「い、いいんですか? 」
「もちろん」
りほちゃんは元気よくうなずきました。
「ありがとうございます! いただきます」
そのはちは、りほちゃんがかたむける王かんに手をかけ、上手にサイダーをのみました。
パンパンになったおなかをかかえながら、はちは何度も頭を下げて言いました。
「ありがとうございます。あなたは命の恩人
です! このご恩はわすれません」
では、ともう一度頭を下げたはちは、またブーンと音をさせ、元気にとんでいきました。
「がんばってねー! とちゅうでたおれちゃ
だめだよー! 」
小さな身体でもしっかり聞こえるように、りほちゃんも元気に言いました。
それからもりほちゃんは、荷車をひいて、町の方へと出ていきました。
サイダーが全部売り切れた時には、もう西の空が赤くそまり始めていました。
りほちゃんは、すっかりかるくなった荷車をひきながら、お店へとつづく山道を、いそいで登っていきました。
日もしずみかけたころ。
山男とおくさんは二人でそろばんをはじきながら、今日の売り上げ金を計算していました。
すると、
「ん? 」
と、山男がまゆをしかめました。
「あなた、どうなさったんですか? 」
おくさんがたずねます。
「かんじょうが全然合わねぇんだ。りほが売
ってきたやつのだけ」
今度はおくさんも一緒にもう一度たしかめてみましたが、やはり計算が合いません。
自分たちの考えていた金がくに、全然足りないのです。
おくさんも首をかしげました。りほちゃんをよんで、わけを聞きました。
りほちゃんは、お父さんとお母さんに、本当のことを言いませんでした。
本当のことを言えば、お父さんもお母さんも、ほめてくれるかも知れません。しかしりほちゃんは、自分からほめられに行くようなことは、したくありませんでした。
そこで、サイダーを、自分でのんだことにしたのです。
これを聞いた山男はかんかんにおこりました。
「ばか野郎! そんなにのむ奴があるか! 」
「ごめんなさい、お父さん……」
「あなた、りほは、水とうをわすれていたん
ですから、しかたがないじゃありませんか、
ね? 」
りほちゃんが何度あやまっても、おくさんがいくらなだめても、むだでした。
ひどくどなられたりほちゃんは、とうとう泣き出してしまいました。そしておくさんが止める間もなく、おくの部屋にこもってしまいました。
晩ごはんの時間になり、おくさんは何度もよびましたが、りほちゃんは部屋から出てきませんでした。
「あなた、さすがにあれはどなり過ぎですよ」
「何を言うんだ。ありゃあ大事な売りもんな
んだぞ。わがむすめだからって、ただでのまれてなるものか」
そうは言ったものの、山男自身も、心の中ではとても後悔していました。しかし、どう言葉をかけてよいのか分かりません。
山男が頭をかかえたその時、コンコン、と戸をたたく音がしました。
げんかんに出ていったおくさんが戸を開けると、これはびっくり! そこにいたのは、うさぎやさるなど、たくさんの動物たちだったのです。
親子でしょうか。大きいのと小さいのとが対(つい)になっているものもいて、さらに、はちまで一匹います。
一つの大きな包みをみんなでかかえていて、しかもその一匹一匹が、お礼を言うのです。
おくさんは何が何だか分からず、はてこんなお客様がいらっしゃったかしら、と首をかしげていました。何事かと山男も出ていき、おくさんと一緒に話を聞きましたが、やはりわけが分かりません。
かといって話をとちゅうでさえぎるわけにもいかず、二人して首をかしげながら、そのまま聞きつづけていました。
すると、はちの口から、「おたくのおじょうさん」という言葉が出てきたのです。
その時初めて、二人には分かりました。
「あいつ……! 」
おくさんもうなずきました。