山男のサイダー
動物たちとはちがくれたのは、何やらめずらしい木の実の数々。大きなフキの葉っぱの包みいっぱいの木の実はどれも、山男やおくさんが見たことのないものばかりでした。
「こんなのどこにあったんだろうなぁ。わし
はこの山で何十年もくらしてきたが、こんなのは初めて見たぞ」
それらを一つ一つ手に取って見ながら、山男は目を丸くしていました。
その様子をほほ笑みながら見つめていたおくさんは、そっと話しかけました。
「あなた、りほはきっと、こまっている動物
たちを、ほうっておけなかったんですよ」
「そりゃあ分かったが、じゃあ何であいつは
それを言わなかった? 」
山男は、そのことだけがどうしてもなっとくできませんでした。
「りほだって分かってるだろう。
『動物たちがこまってたから、サイダーを分
けてあげたんだ』
って正直に言えば、おこられねぇですむ、
むしろほめられさえすることぐらい」
「それがいやだったんじゃありませんか? 」
「何だって? 」
そんなはずはないだろう。山男がそう言い返そうとしたその時でした。
「自分から本当のことを言って、ほめてもら
うのは、望んでいなかったんでしょう。
きっと、自分のしたことは当たり前のこと
だと思っていたんですよ、ね? 」
山男はだまってしまいました。
ふと気づくと、りほちゃんがおくの部屋の戸のすき間から、こちらをじいっと見ています。
自分たちのやりとりを、見ていたのでしょうか。それとも、むこうの部屋に用事があるけれど、自分のことがこわくて、この部屋を通れないでいるのでしょうか。
それは分かりません。
しかし――。
「りほ、こっちへおいで」
気がつくと、山男はそうよんでいました。
かすれるような、今にも消えてしまいそうな、ふるえた声で。
おそるおそる部屋から出てきたりほちゃんを、山男はきつくだきしめました。
そして、おいおい泣きました。
「りほ、ごめんよ、ごめんよ。お前のやさし
さも知らずに……」
その夜から、山男一家は新しいサイダーの開発を始めました。
「いやだ! 長年守ってきたサイダーの味を、
変えるわけにはいかねぇ! 」
最初はそう言っていやがっていましたが、おくさんにせっとくされて、やってみることに決めました。
もちろん、りほちゃんも手つだいます。みんながくれた木の実の汁をしぼるのは、りほちゃんの仕事です。
でき上がったら三人で味見をして、ここはこうだ、こうしたらいいんじゃないか、などと話し合い。そしてまた、ああでもない、こうでもない、と作り直すのです。
木の実が少なくなった時には、まるでしおどきを見計らったかのように、あの動物たちやはちが、またたくさんの木の実をもってきてくれるのです。
そのうちに、彼らにも味見をしてもらうようになりました。
あちこちで、いろいろなものを口にして、舌がこえているのでしょうか。みんな、山男一家がびっくりするほど、ひひょうをするのが上手で、また手つだうのも上手でした。
それから数か月後、しおづき山のサイダー屋の店先には、二しゅるいのサイダーが並んでいました。
一つは、昔ながらの山男のこだわりの品。
もう一つは、いろいろなところの山や森のめぐみをいっぱいにつめこんだ、山男一家と動物や虫たちの合作です。
とくに、後の方のひょうばんは、とても良いものでした。それは風に乗って、あっという間にあちこちの町へ、うわさとなって広がりました。そして毎日のように、たくさんの人が買いにきました。
「本当に、忘れ物はないわね? 」
「だーいじょうぶだって! 」
「お友だちと、うまくやっていける? 」
「行く前から心配したって、しょうがないじ
ゃない」
「分からないことがあったら、先生に聞くの
よ」
「はいはい! 分かってるよ! 」
あたたかいこち風の流れの中に、二つの声と足音が聞こえてきました。それがむすめとおくさんのものであるということは、そちらを見なくても分かります。
今日はりほちゃんが初めて学校へ行く日。山のサクラはもう満開で、りほちゃんの門出をおいわいしているかのようです。
かべにかけられた二まいの写真にむかって、山男は言いました。
「じいさん、親父、ごめんよ。だが、がんこ
じゃねぇ山男も、いいもんだよ」
◆さいごに
動物たちが元気になったのは、山男のサイダーだったから。
ふだん、わたしたちが口にしているのみもの(もちろんサイダーも)をのむと、病気になってしまいます。
こまっている、あるいは苦しんでいる動物たちを助けるのは、とってもいいこと。
ただ、わたしたち人間にとっては良いものでも、動物にとっては毒になることもあります。
ですからみなさん、
くれぐれも、動物たちに、人間ののみものはあげないよう、よろしくお願いします。