郷愁
うす曇りの空が明るくなりつつある朝の四時に目覚めた彼は、手書きでの執筆を始めた。締め切りが間近なので、昨日の午後も新幹線の中で原稿用紙に書いていたものである。昨今はパソコンに打ち込んだ原稿を、インターネットを介して送る作家も多く存在するらしいのだが、笠山は手書きで原稿用紙に書き込む作業を愛していた。
午後二時過ぎに作品を完成させて外出した彼は、坂道を下って郵便局へ行き、原稿を速達で発送した。今日はまだ何も腹に入れていない笠山は、その近くの和食のファミリーレストランで食事をすることにした。意外に混雑していた店で、大分待たされてから注文したものを中年女性が運んできた。食欲はさほどなく、のろのろと料理を口に運んでいた。その最中に携帯電話に着信した。笠山は慌てて席を立ち、出入り口へ足早に歩いた。ガラス扉の外で電話器を耳にあてて階段を見おろしながら、
「はい、笠山です」
「田島だけど、まだ使える家具なんかも多いね。リサイクルショップに引き取らせてもいい?」
「悪いね。好きなようにしてくれ。買い取ってくれるものがあったら、その代金はやっさんにあげるし、逆に処分に費用がかかったらその分プラスアルファを俺に請求してくれよ」
田島靖男に対しては、高校生のときから「やっさん」と呼んでいた。昔は一緒にバイクで走り回っていた仲間だった。