郷愁
家の北側に鉄階段が新たにできていて、それを登り切ると真新しい玄関がある。そのドアは施錠されていた。笠山はキツネにつままれた気分だった。
「そんなバナナ」
彼は呆れながら、暗い顔で苔の生えたようなジョークを呟いた。そして、更に、
「あり得ないんじゃないの?」と、心の中で嘆いた。
今後は階下だけが自らの住まいとなるのだが、前述の通り物置き同然になっており、その様は大震災の爪痕を彷彿とさせるものだった。床には夥しい分量のCDやDVD、書物などが散乱していた。二階にあったものが全て運び下ろされていたのである。テレビで見た被災家屋の内情さながらだった。
笠山は知り合いの建築解体業者に電話連絡し、本来は不要品ではないが、生活する上で邪魔なものやごみに等しいものなので引き取りに来てくれるようにと依頼した。
帰宅して間もない午後三時から整理を始め、それが済んだのは五時間後のことだった。夜の庭に瓦礫の山のようなものができ上がった。
笠山は相変わらず不機嫌なまま、道を下って地味ながら飲み屋街と呼べるような地域へ向かった。居酒屋のような、或いはカラオケスナックのような、閑古鳥の鳴く店に入った。そこしか知らなかったからだ。