郷愁
直角に曲がったカウンターの角を挟んで奈津子と美貴が座り、奈津子の左側に田島、美貴の右隣に笠山が居る。
「野暮なこと聞くなよ。不倫に決まってるべ。しっかし、人間つーのは頭が固いよな。世の中男と女ばっかしなのによう、それに、人生一回こっきりだべ。やりたいことはどんどんばこばこやりゃあいいのよ」
「すみませ~ん。田島さんは私の父の兄で、つまり伯父というだけで、不倫はしてません」
奈津子はにこやかにそう云った。
「田島!短い人生だから好きなことしたいのはわかるけどな、なかなか思い通りに行かないからこそ、小説も書けるんだよ。要するに、この世の全ては小説のためにあるんだ」
それを聞いた田島は声高に笑った。
「そうかあ、目からナマコだよ。なるほどねぇ」
「笠山さん。質問してもいいですか?」
小説家は隣の美貴の顔を覗き込みながら、
「美貴ちゃんには嘘をつけないな。その清らかな瞳にはね。何でも訊いてください」
「……小説を書くことになったきっかけを教えてほしいんです」