アイラブ桐生 第4部 44~46
結局、レイコの家に電話をかけました。
先日の「串焼き屋」の一件から、一週間ほどが経ったあとです。
マネージャーからも、悦子さんからも、その後の催促などはありません。
顔を合してもいつものように会釈をするか、丁寧に頭を下げて、
通りすぎるいくだけの日々がつづきました。
迷いに迷った挙句、度胸をきめて公衆電話のダイヤルを回しました。
他の誰かに相談をしてもよかったのですが、マネージャーから
相談を受けた瞬間から
なぜか、レイコのことばかりを考えていました。
3度のコール音の後、レイコのおふくろさんが、
明るいいつもの声で電話に出ました。
『もしもし』と言っただけで、こちらが名乗るまでもなく、
もう受話器を置いてレイコを呼んでいる、元気な
おふくろさんの声が聞こえてきました。
レイコが電話に出るまでには、少し時間がかかりました。
「もし、もし」
懐かしい声です。
「ごめん待たせて。
お風呂に入っていたの・・・・お髪もぬれているし」
悪いね、と言うと、静かなレイコの声が耳元へかえってきました。
「大丈夫なの? 困った話でしょう。
久しぶりに優しい声で、わざわざ電話をかけてくるんだもの。
なにかあるんでしょう?」
あまりもの見透かしたひと言に、
ドキドキしながらポケットを探り煙草を探しました。
やっと見つけて一本くわえ、ふるえる指で火をつけました・・・・
その動作のあいだの時間を、
レイコも何もいわずに静かに待っていました。
やっとの思いで、ことの顛末の説明をはじめました。
先日の出来事だけを、事務的にかつ手短かに
順序だてて説明することにしました。
しかしレイコは相づちも打たず、
ずっと無言のまま聞き耳だけをたてています。
しどろもどろになりかけながらも、ようやく説明が終わりました。
こんな説明の仕方で、男と女の反社会的な意味合いまでも含んでいる今回の
逃亡劇の意味合いを伝えきれたかどうか、まったく自信が持てません・・・・
しかし、電話機のむこう側でクスリと笑う、
そんなレイコの気配が漂ってきました。
「あなたらしいわね、事態は克明にわかりました」
作品名:アイラブ桐生 第4部 44~46 作家名:落合順平