アイラブ桐生 第4部 44~46
午後の3時過ぎてから、ホテルの本館へ戻りました。
正面入口から入ってフロントを横切った時、「主任さん、ちょっと」と、
呼び止められてしまいました。
この時間の前後がホテルでは、もっとも人が不在となる時間帯です。
すっと傍に寄ってきたのは、(マネージャーと)不倫関係の
フロントの女の子です。
香水の甘い匂いも一緒になって近寄ってきました。
「ちょっと」と言って袖をひかれ、ロビーの片隅に引っぱり込まれました。
「相談したいことがありますので、
三条京阪駅裏の『串焼き屋』さんまでお願いできますか。
知っての通り、私とマネージャーの一件です。
9時過ぎで申し訳ないけど、都合をつけて来てくださる?
マネージャーからも、是非にといわれています」
「串焼き屋」は、ホテルからは、ひと駅先にある呑み屋さんです。
大人数が座れるカウンター席のほかに、
奥まったところには小部屋が作られています。
しかしその小部屋の様子が、一風変わった作りです。
表から連れだって小部屋に入ったお客さんが、会計が済むと
そのまま裏口から帰れるようになっています。
内緒の待ち合わせや、密談などでも使えそうな雰囲気があります。
実際に裏口から小部屋に入る水商売風のお姉さんたちも、
何度もそこで見かけました。
そこでの相談ごとになります・・・
込み入った話になると厄介だなとは思いましたが、
とりあえず行くということで、その場で承諾をしました。
フロントの女の子(悦子さん)は最近、北陸から出てきたばかりです。
明るい笑顔とは裏腹に、実は離婚していたばかりだという噂で、
ホテル内はもちきりでした。
口うるさい(人生経験が豊富な)賄いさんや仲居さんたちの間では、
美貌への嫉妬も含めて、早くもそんな風に
日ごろから勘ぐられていました。
約束の時間を見計らいながら、電車を使わずに一駅分を歩きました。
「串焼き屋」の縄暖簾をくぐったのは、夜の8時半を少し回ったばかりです。
入るとすぐ、目につきやすいカウンター席に悦子さんの姿が有りました。
ほほ笑んでくれたその目は、次の瞬間にはもう奥の小部屋を促しました。
約束の時間のだいぶ前なのに、
(マネージャーは)もう来ているんだ・・・・
奥の小部屋を開けると、マネージャーはもうビールを片手に
呑み始めていました。
作品名:アイラブ桐生 第4部 44~46 作家名:落合順平