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アイラブ桐生 第4部 44~46

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 相変わらずのスケッチ行脚の合間に、
お千代さんのところにも、顔をだすようになりました。
初めて訪ねた時には、たしかに煩雑すぎる道筋でした。
碁盤の目のように整理された京都の路地裏が、
こんなに煩雑だとは思いもよりません。
ようやく辿りついた路地の奥に、お千代さんのその『工房』はありました。
裏の障子を開けみると驚いたことにその先はもう、
悠然と流れる加茂川の河原です。


 「おや、よく来たね、迷わずに来られたかい?
 遠慮しないで上がっておくれ、
 明治生まれの古い家だけど。」

 手入れがしっかりと行き届いている、古い日本家屋です。
中廊下は黒々と磨き込まれていて、
木目が日差しに気持ちよく輝いていました。
柱は充分すぎるほどの太さがあり、
細かい模様が丁寧に刻みこまれている欄間は、
建てた当時の職人さんの心意気を実に、雄弁に語っています。



 案内されたお千代さんのアトリエは、
どこにでもあるような、普通の和室の8畳間です。
中央に、大きな作業台が置いてあり、
その上には染料の入った小皿が10個ほど、
使用中の筆とともに綺麗に並んでいます。
それ以外に、机の上にはなにひとつ余計なものは見あたりません。
座っていたと思われる座布団の膝のわきに、
書き込み中のような友禅染めが見えました。
友禅染の大きさも、やっと風呂敷の半分くらいです。


 「意外かい?
 大きいものばかりじゃなくて、小物用も仕立てるんだよ。
 ひとつだけ絵柄を足すこともあれば、全部を書き換えることもある。
 そん時によって、仕事の中身はいろいろさ」



 もちろん友禅の着物も仕上げていますが、呉服屋さんのように、
お店を持っているわけではありません。
京友禅の着物作りには、二つの系統がありました。
ひとつは「仕入れ」といって、主に問屋へ納める着物地などを仕上げます。
これらは最終的に、有名デパートや呉服店などでは、
何十万から数百万円でならぶ製品たちのことをさしています。



 もうひとつが、「誂え」といわれています。
直接お客さんと顔を合わせて、注文された品物たちを仕上げる仕事です。
ほかにも、古くなったものの『染め替え』や、好みに応じた『柄足し』などがあり、
着物に新しい命を吹き込むためのお手伝いなどもあります。
今回のような、和装の小物用の仕事などもそのひとつの例のようです。


 いろいろと説明を聴いている最中に、
開け放した障子の向こう側に、釣竿を担いだ人影が立ち止まりました。
浅黒い顔にちょび髭を伸ばして、浅葱色の作務衣を着ています。
麦わら帽子をちょこんと持ち上げました。

 「ん、客人か? 。すこし河原を歩いてくる」


 そう声をかけたきりで、そのまま返事も待たず立ち去っていきます。
ご主人で、金箔師の源平さんでした。



 「釣りに行くのはいつもの日常です。
 時には、そのまま河原町のお茶屋さんまで行ってしまいます。
 夜中に平然と釣竿を担いで帰ってくる困った酔っ払いです。
 もう、慣れっこですけどね。」



 うちの亭主ですと紹介をしてから、笑ってそう付け足しています。
なるほど、ご亭主もなかなか楽しそうで、風流なお人のようです。