東西シリーズ
猪狩朱世さんのご実家は2
母と父と嘉内
「もしかして朱世ちゃん、お家を継ぐのがいやなのかしら……」
現組長、沙綾が涙ぐみながら言った。大きな瞳からは、透明なしずくが今にもこぼれそうだ。
「幼いころから、お前は組長になるのだと、無理をさせてきたのかもしれん。一ヶ月身一つで山篭りとか」
和平が渋い顔で腕を組みながら言った。眉間に刻まれた深い皺はしばらくとれそうにない。
「そんなコトさせてたんスか」
朱世と嘉内
嘉内は、朱世の父・和平が教師として勤める高校の生徒である。将来有望な人材漁りに余念がない(というか、趣味)和平は、いやに荒っぽくて気の利く嘉内を、ゆくゆくは朱世直属の部下にしようと思い、スカウトしたのだった。現在、嘉内は雑用に近いけれど、そこらの下っ端には任せられない、猪守(いもり)の任についている。文字通り、猪狩家の主戦力であるイノシシのお守だ。
現在でも和平の勤める高校に通う嘉内は、よく放課後に朱世に突撃してそこらのファーストフード店に連れ込んでいた。
「私の代で、この東西の戦いに終止符を打ちたいの。そのためには、西以外も見ておく必要があると思って」
「うーん、お嬢の言うことは高尚過ぎて、私にはわからんわ」
「高尚、でもないわ。ふつうのことでしょ。いつまでも争ってたら駄目だって」
「でも、そのためには戦うしかないんじゃ?」
「そうかもしれない……でも、そうじゃないかもしれない。それをセントラルに探しに行くの」
「なるほどー。まっ、どこであろうとついて行きますよ。私はお嬢が好きだから。たとえ肥溜めでもなんでもね」
食事所にあるまじき例えを出して、嘉内は自らのバーガーにかぶりついた。
「お前ェ、その下品なのなんとかならんのか!」と朱世は怒った。
嘉内は聞き流し(自分に都合の悪い事はシカトする性分だ)、ポテトに手を伸ばす。
あ、と思い出したように朱世は言った。
「ついてくるなら、お嬢呼びはやめてね」
「それって、いいってことですか?!おおおお義父様にあいさつにィっ!」
○△○○×→↑ 【断罪チョップ】
「それもやめてね」
「保障できんです」
朱世はふとした瞬間に暴走する嘉内の扱いに、いい加減困っていた。
朱世と長男
風呂上り。一日の汚れ・穢れ・疲れを落とし、居間のソファでふうと一息ついていたら、姉ちゃんが近づいてきた。俺に特に用があるわけでもなく、ただ単に、ソファに座っただけだ。リモコンと、ポテトチップスを持っている。
「姉ちゃん、本当に家でんの?」
「うん」
実はね、嘉内に頼んで、部屋も探してもらったんだ。と、姉は言った。
俺、そんなの知らない。知らないよ。
「ふうん……家のことは、どうでもいんだ?」
どんなに強くなっても、俺は組長にはなれない。俺は第二子だし、男だから。猪狩家を継ぐのは、一番上の女児と決まっている。それに、きっと、妹には適わない。どうしてうちの女どもはことごとく強いんだろう。肉体的に。
「そんなふうに思ってた?家の事も、考えてるよ、ちゃんと」
だから、行くの。
足元に、月姫が擦り寄ってきた。もふもふしてて、気持ちいい。でも、風呂上りには暑苦しすぎる。ちょっと離れてくれよ、もう。手で軽く払ったら、月姫は悲しそうにキューンと鳴いて、窓の方に行ってしまった。月の使者でも待っているのだろうか。
姉ちゃんはめぼしい番組がないようで、まばたきをしながらしきりにチャンネルを変えていた。裏番組機能、知らないのかな。
「俺、高校、西にするよ」
「西って、進学校の?サッカーは?」
熾火は、有名なスポーツ学校にサッカーでの推薦が決まりつつあった。もともと、成績も悪くない方(むしろ常に学内10位にはいた)だったが、それ以上にサッカーが好きで、才能もあった。
「サッカーは、どこでもできるよ。もっと、もっともっと頭良くなって、俺が組長になった姉ちゃんを補佐してやるよ」
きっと、氷鉋には無理だろうし。そう言うと(俺は至ってまじめなのに)、姉ちゃんは大声で笑い始めた。
こんな時間にポテチ食ってテレビ観てるくらいなら、受験勉強しろよ。全く。