Life and Death【そのご】
深夜、ボロアパートめぞん跡地。談話室。
「ちょっとシアちゃん、後ろからは、ダメっ!」
「……そんな形のいいお尻を振ってるから、後ろから突かれるんです」
「あ、熱……だめぇ! 壊れるぅっ!」
「……ここか、ここがええんか?」
「だめぇぇっ! とっつきの後のブレードはだめぇぇっ!」
「……何やってるんのよっ!」
そう思わずつっこんでしまう紅夢野。
「……お姉ちゃんが重量型のアセンで挑んできたので、これは幸いとパイルバンカーを装備した軽量二脚で、そのお尻を掘りに行っただけですよ?」
「そういうことじゃないのよっ! 台詞気をつけなさいっ!」
こんなとこで一体何をやっているのかと思う夢野。
「……しかしまあ、微妙に古いゲームを」
そう言って、夢野はそのゲームのパッケージを手に取る。このゲーム、多分一世代前のハードのゲームだ。半ばレトロゲームに片足を突っ込んではいるものの、まだまだ現役のゲームは多い。
「ムズイよー。死にゲーだよー」
「……開始早々にチート仕様のCPUとか、この会社のスタッフはきっとドSなのです」
まあ、こういうゲームは夢野にとってはあまり興味をそそられるものではなかった。
「……それじゃあ、お姉ちゃんの負けなので一枚脱いでもらいます」
「ちょっとまってそんな約束してないよっ! いつの間に脱衣ゲームになってるのっ!」
「……お約束ですよ。読者サービスなのです。今の時代、下着程度では本は売れないのです……!」
「すぐ裸になるのは甘えだよっ! ほら、ただの裸でもダメなものはダメだってっ!」
「……そうですね。お姉ちゃんの場合は上と下を脱ぐだけでマッパですからね。……そういう微妙な性的アピールの方が読者も喜ぶというものです」
「さらりと誤解を生むような発言をしないでよっ!」
この双子、平常運転である。
「で、それなーに?」
姉は思いの他目ざとい性格で、早々と夢乃が買ってきた雑誌を手に取る。多分、このままの流れだと全裸にさせられるからであると追い詰められた故の機転だろう。
使えそうなネタが掲載されていた為に買って来たという都市伝説系の雑誌。その見出しにはでかでかと、『話題沸騰! 白き黄泉坂小会を暴く!』と書かれていた。
「ああ、それな。最近問題になっているカルト宗教だよ」
「あんた、いたの……」
鍋倉義輝だ。今丁度仕事から帰って来たのか、談話室に顔を出す。相変わらず生活リズムが読めない男である。
それどころではない。暮宮霞までいた。ズボリと、コタツから顔を出して自己主張をする。霞にあの会話を聞かせていたのかと思うと、夢野は頭が重くなる気分だった。
「色々とキナ臭い宗教でなぁ。今のところこれといった問題を起こしていないから警察もスルー。バブルの頃に開発が止まったレジャー施設を買い取って、寝倉にしているって噂だよ」
「そんなの、周辺住民が黙っちゃいないでしょ」
「ところがどっこい、そのレジャー施設ってのがさ、あそこの御山の端辺り。ほら、ワクワク温泉ランドってあるだろ。あそこを買い取ったわけ。あの辺り住宅地が全くないでしょ。あるのは倉庫とか、後は養鶏場の類。行動が目立たないこともあって、誰も口出ししちゃいないわけよ」
御山といえば、かなり近くだ。そういえば、最近この辺では見ない顔の集団がちらほらと見かけられたように夢野は感じられた。
「これ、どんな宗教?」
霞がそう質問した。何か気になることでもあったのだろうか。
「えーっと、確か交霊術を主眼に置いた宗教だった筈。イタコとは違って、直接目の前に幽霊を下ろすって専らの噂だよ」
夢野は詐欺一歩手前だな、と思いつつ、その雑誌をコタツの上に放り出した。
「こういう話ってフィクションだから……他人事だから面白いのよ。どうせあたしたちには関係のない話よ」
そしてそう切り捨てるのであった。
――同じ頃、佐佐木原金太郎はめぞん跡地の自室にいた。――全裸で。
いい歳こいたメタボ風味の中年男性が全裸でパソコンの前に座っているというだけでシュールであるが、日課の儀式めいた祈祷を終わらせた彼は汗だくであり、その表情が真剣そのものなのが余計にその雰囲気を濃くしている。
彼がチェックしていたのは、仕事の資料も勿論であるが、ソレとは別に最近話題になっているカルト宗教の詳細についてであった。いつも贔屓にしている興信所の報告やインターネットでの書き込みなどを、仕事の資料と共に自室に持ち帰ってチェックしていたのである。全裸で。
彼にとってその宗教団体がペテンかどうかを含めて気になった結果でもある。
――去年の春頃、丁度震災の後に活動が活発化した団体であり、佐佐木原の私見では『震災被害者の精神的弱みに付け込んだペテン宗教』である。彼らの所業には疑問を挟む余地が多く残っている。だが、同時にアタリらしき証言も多く上がっている。
――例えば、交霊会の間のポルターガイスト発生率百パーセントだとか。
――例えば、疑ってかかった記者が交霊会にて父親と対面したとか。
――例えば、彼らを活動を妨害した町会の連中全てに悪霊を解き放ったとか。
――例えば、交霊会の間は時間が歪み、時計は時刻を正確に刻まないとか。
仕舞いには入会して見えるようになったものが八割を越すという話である。
さて、ここまでが雑誌社が掴んでいる大体の概要だ。
興信所の調べでは、最近になってあるオカルト関係の品を手に入れたとか。
「死せる生者の腕、ね……」
名前に関しては揺らぎがある。例えば死者の腕、死人の腕、アンデッドアーム、帰還者の腕、そして団体が正式に呼称しているのがこの『死せる生者の腕』である。
自分もあまり人のことをとやかく言える立場では無いモノの、こんなあからさまなものを何処から仕入れてきたのか、気になるところである。
この白き黄泉坂小会に付いてはどうでもいい。問題は、この死せる生者の腕だ。どうやらこれには『その類のモノ』を引き寄せる力があるという。
その能力がホンモノであるのなら、是非とも欲しい代物だと、佐佐木原は考える。
いずれにせよ、その腕が彼らの手に渡ったということは、ある種のチャンスである。彼らの正体を見極めるにせよ、その腕の効力を見極めるにせよ。
その表情は真面目そのもので、社内で見せるいつもの佐佐木原金太郎の表情だ。その眼光はメールに添付された男の姿を捉える。
しかし、残念なことに、彼は今全裸であった。汗だくの全裸であった。いくら彼の姿を切れ者の佐佐木原金太郎として描写しようものの、全裸であるということだけは包み隠しようがない真実であった。
作品名:Life and Death【そのご】 作家名:最中の中