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Life and Death【そのご】

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 さて、ここからがこの物語の本題。今までは文庫本の帯や裏表紙などに書かれているあらすじ、物語の触りの部分である。
 編集者、小笠原静香は頬を引き攣らせた。
 小笠原静香は新任編集者である。この就職難の時代の中、どうにかこうにか就職できたのは、斜陽な雑誌社の更に斜陽なエロ漫画雑誌部門。専門学校上がりの二十台女性には配属自体がセクハラとした言いようのない部門であった。
 しかし、不満はなかった。エロ漫画雑誌に生理的嫌悪感があったわけでもなし、読んでみると意外に面白い作品も多かったこともあってここまでやり続けることができた。
 今日はいつもデータ入稿していた作者と初顔合わせであった。今まで顔合わせをしなくても滞りなかったのは、作家の締切厳守の姿勢と先任の手腕があってこそだった。何より作家側の都合があってのことだということで、部内では話題にあがるものの、問題が起こるまでには至らなかった。
 しかし、今日、その作家側の都合というのを静香は知ることに相成った。
 ……未成年じゃねぇかっ!
 見た目は二十歳未満の女の子二人が、テーブルを挟んでニコニコと同じ顔を並べてこちらを見つめていた。
 いや……いやいやいや、人は見た目では分からない。こう見えて三十路越えのおばちゃんなのかもしれない。肌のハリとかを見るとゼッタイにありえないと思うけれど。
 というか、この双子すっぴんかよ。すっぴんなのにこんなに肌が白いってどういうことなの? もう人間じゃないのでないか?
「えーっと、『ぼんれすはむ』先生で?」
「正確にいうなら私は『ぼんれ』で――」
「……私が『すはむ』です」
 そこで切るのかよっ!
 思わずツッコミを入れそうになった静香は、堪える。
 そこで切るのかよ。普通『ぼんれす』と『はむ』だろ。『ぼんれ』と『すはむ』って言い辛いだろ。迸るツッコミを静香は押さえ込む。
「えーっと、次号の企画なのですが、お風呂ポスターとなりました。こちらが企画書になります」
「構図どうしようか……」
「……エロ下着なんてどうでしょうか」
「最近のシアちゃんのマイブームだね」
「……もう下着としての意義をなくしてる感じの弩エロな下着がよいのです」
「丸出しだねっ! お湯をかけると丸出しなんだねっ!」
 ……ああ、なんだろう。凄く恥ずかしいっ! すっごく恥ずかしいよこれっ! 結構な間エロ漫画の編集部にいた気がするけど、エロ漫画の話でここまで恥ずかしくなったのは初めてだ……っ!
 それはまあ、きっとファミレスで双子がエロ下着の話題ではしゃいでいるのが恥ずかしいからだ。隣の席の女の子の純粋な瞳が凄く痛いからだ。隣の席の女の子の母親の軽蔑交じりの瞳が物凄く痛いからだ。仕事の話であるとは言え、端から聞けば居酒屋の下ネタトークである。
 思わぬ辱めを受けた静香は、咳払いでその場を静める。
「まあ、いつもどおり締切を守ってくだされば、よろしいかと。――しかしまあ、ここ数年はずっと定住していなかったようですが、どういった理由で?」
「いやぁ……」
「……それは」
 言葉を濁す双子。聞かれては不味いことなのか。まあ、仕事をしてくれるのならネカフェだろうと公園だろうとどちらでもよい。
「今日は顔合わせ程度なのでこの辺で」
 そう言って、静香は双子より早く伝票を手に取る。ちょっとした仕返しだ。伝票を取ることにより、その上下関係を確立する。こっちは社会人なのだという小さな見栄でもある。
 しかし、双子はそんなことお構いなし。にへらにへらと食えない笑顔で静香を見つめるのであった。

 さて、ファミレスを出た頃だった。目の前を白い服を着た集団が歩いていくのを見た。
「なんですか、あれ?」
「さあ?」
「……ここ最近見るけど、なんなのでしょうか」
 怪しい宗教団体じゃなければいいが。そう思いながら、年代モノのライトバンに静香は乗り込む。あちこちにガタが来ており、廃車寸前である。
 まあ、あと一ヶ月ほど走ればいい。そう思いながら使っているのだが、これが中々新車を購入する機会に恵まれない。
「それじゃあ、お疲れ様です」
 そう双子に別れを告げて、静香はガタガタと揺れるバンを走らせる。その後隣町の事務所に顔を出し、家路に付く頃には宵闇が降りてくる頃であった。
 静香が住んでいるのは双子と同じ町だ。事務所はその隣の町であり、普段からこの山道をこのオンボロバンで恐々と走り抜けている。山一つ超えるだけなので事務所まで一時間と掛からないが、この廃車寸前のバンでは山道も恐ろしい。
 その恐ろしげな山道をバンはガタガタと音を立てながら走る。
「――?」
 ふと、山道で灯りがちらちらと揺れていた。その灯りは、山の峰に沿って転々とちらちらと揺れている。
 はて。こんな夜中に登山客であろうか。それとも、天体観測の大型サークルでもあるのだろうか。今夜は晴れているし、その線が濃そうである。
 まあ、関係のない話だ。運転に集中しよう。しばらく走ると、今度は女の子が一人、山道をとぼとぼと歩いていた。
 大きなバックパックにテントやら飯ごうやらをぶら下げて、女の子が歩いている。
「ねぇ、君もう辺り暗いけど、大丈夫?」
 心配なので、声を掛けてしまった。静香は余計なお世話だったのではないかと思いながらも、続ける。
「よければ、乗ってく?」
「いいの?」
 女の子は、ハーフパンツにストッキングとトレッキングブーツで足回りを固め、上着として灰色のパーカーを身にまとっていた。フードは下ろされており、顔は埃で少し薄汚れている。不思議な色の瞳で、その金色の瞳は暗闇でも輝いて見えた。フードからは胸元まで茶色の痛んだ髪がぶら下がっている。
「宿とかある? どうせなら私の家で休んでいきなよ」
「そこまでしてもらうのは申し訳ないのだけれど……」
「いいのよ、どうせこの先、宿なんて殆どないし。ここであったのも一つの縁よ」
 こんな女の子を一人、山道を歩かせるのはちょっと問題だ。彼女自身旅慣れしているのだろうけど、せめてお風呂ぐらい入れてあげたい。
「それなら、ご好意に甘えようかな。おねーさん、悪い人じゃなさそうだし――」
 ――もし悪い人でもメッしちゃうしね。そう女の子は言った。
 女の子は後部座席に荷物ごと乗り込む。
「私、志手野ミカゲ。よろしく」
 そう言って、女の子は手を差し出してくる。ちょっと埃っぽいが、気にはならなかった。
「あんた、日本一周でもしてんの?」
「それほど明確な目標があるわけじゃないけどね。ただ国内外をぶらぶらと歩き回っているだけだよ。――ただ、今回は例外。日本に帰ってきた『ついで』ではあるんだけど、ちょっとあの町に用事があってね……」
 何の用事だろうか。あの町には観光できるもんなんて一つもない筈だ。
「あの町には馴染みがなくてね。この住所って知らない?」
 静香はそのメモ書きを受け取る。
 ――その紙には、めぞん跡地と書かれていた。
作品名:Life and Death【そのご】 作家名:最中の中