その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
すると本を持っていた柳崎の膝がガクリと曲がった。重たい持ち物を頭上に掲げているときに、膝の力が抜けたらどうなるのか。それくらい馬鹿な俺にも解る。つぶされるんだ。いや、推察も甚だしいけど。
慌てて押さえるつもりだった本を、奥へ押すように力を加えた。同時に持ってた警棒を捨てて、柳崎の腕を引っ張る。勢い余って尻もちをついた上に、手を引いた柳崎の頭が勢いよく俺のあごにぶつかったことは目をつむってもらいたい。慣れないことをするからなんだけどさ。
本が音を立てて落ちた。真っ黒な土ぼこりが舞い、すこしむせる。衛生的にもより汚い気もする。目にも少し入ったようで、痛くて仕方ない。もちろん、あごもケツも痛いけど。柳崎は特に頭は痛くないようだ。今回ばかりはうらやましいな、石頭。普段は頭が堅いイメージ、いや、融通が利かないイメージがあるから、あまり石頭っていい感じしない。
「はは・・・、ははは・・・、あははははははっ!」
唐突に支配者張りの発声で笑いだしたのは、宝亀だった。もともと楽しそうに見ていたけど、今の方がずっと楽しそうだ。何があったんだ?鷲尾がアメリカンジョークでもかましたか?俺の戦闘中にいちゃついてんじゃねぇよ!切ないじゃないかぁ!
柳崎をどけてから、鷲尾をちらり見る。すると彼も驚いた顔をしていた。疑問に思っていると、宝亀の笑いが引いていく。一度笑い出すとすぐには止まらないのに、よくこの短時間で止まったな。
涙をぬぐった彼女は、俺のところまで歩いてきて、手を貸してくれた。別に手がなくても立ち上がることなんてできたけど、美人と手を繋ぐ機会ってのはあんまりない。さっきは恥ずかしいとか言っておきながら、やっぱり俺って男なんだなぁと実感。いや、今はそんな場合じゃない。
俺が立ちあがったのを確認すると、柳崎の方を向いた。そして呆然とする彼女に、自信満々で尋ねる。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷