その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
柳崎が手のひらに乗っけていた物を下した。本だ。なんか編み棒と言い、毛糸玉と言い、普通の物が巨大なサイズになってるんだな。・・・もしかして、その逆もありってこと?俺の武器、「卵サイズのものなんてあったっけ?」とか思ってたけど、もしかしたら日本じゃ巨大な武器が、こっちの世界じゃ小さいのかもしれない。武器との距離が一般人な俺には、どんなものがあるのか想像もつかないけど・・・。
羊元の眉間にしわが寄る。その険しい顔は、戦いの前だからというよりも、人数差をどうカバーするのか思案しているようだ。そうだよな。中学生の自営業手伝ってる女の子の家に、同年代くらいのヤンキーが金属バットと成人男性引き連れて殴りこみにきたようなものだ。いや、表現があまりにもひどい。もうちょっとはましかな?
どんと巨大な大砲が鳴り、たった一人の羊元に、数人の軍人が攻撃に出る。彼女は巨大な編み棒を振り回し、軍人たちを次々と一掃する。やっぱり、有能者と無能者の力の差は圧倒的なようだ。とはいえ、今は傍観に徹している柳崎が、いつ動き出すか解らない。彼女は有能者だ。有能者同士が互角なら、「怪力」の柳崎に分があるだろう。羊元が攻撃的な能力を持っているなら別だけど、鷲尾や宝亀から考えると、そう言う能力でない確率も高い気がする。あのメイド服だって、あのジャンプが能力なんだろうけど、怪力で叩かれては対抗できまい。
一人勇敢に戦う羊元を見ていられなくなった。
「なあ、あんたら助けないのか?」
思わず尋ねた質問は、疑問を抱くはずもない人道的なもののはずだった。しかし俺と一緒に端に逃げた宝亀と鷲尾は顔を見合わせる。それだけで、もう答えは解った。
「助ける?」
「何処にその必要がある?」
二人同時に、人を疑うような返答をしてきた。教わったじゃんか、「契約無しには動かない」と。二人は羊元と契約をしていない。仕えてもいない。だったら、二人は助けることはしない。もしかしたら出来ないだけかもしれないけど、俺にとっては一緒だ。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷