その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
柳崎が、後ろの軍隊の方を見ずに手を挙げた。何かの合図だったらしい。軍隊はもぞもぞと動き、四角くてでかい何かを運搬してきた。ドスンと柳崎の手にそれが置かれる。軍隊の男性陣が数人がかりで運んでいたのに、柳崎は伸ばされた細っこい腕一本でそれを持った。そこで解る。柳崎の能力は、名前こそわからないけど、きっとそうだ。
「怪力・・・」
「『ジャバウォッグ』。『壊す者』とも称される通り、力自慢だな」
推測をつい漏らすと、宝亀がそう教えてくれた。このピリピリした空間にもかかわらず、宝亀の言葉は相変わらず淡々としている。戦争慣れをしているのか、表現力が乏しいのか。正直宝亀が感情的に話している様を見たことがないので、何とも言えない。
不意に、後ろから腕を引かれた。驚いて振り返ると、鷲尾が俺と宝亀の腕を掴んでいる。さっきまで奥にいたのに、いつの間にこっちまで来たんだ?
神妙な面持ちの鷲尾を見るのは二回目だ。あの、バカップルの時以来だろう。
「宝亀、アリス、さがれ。危ないだろ」
え?下がればいい問題なの?っていうか、そんなノリ?命のやり取りが行われる前とはおおよそ思えない。引かれるがままに引っ張られた俺に対し、宝亀は鷲尾の手を振りほどいた。
「何が危ないものか。彼らの狙いは羊元で、我々には関係ない」
三角関係の相手方だからって、それは冷たすぎないか?
「相手は柳崎だぞ?『壊す者』の柳崎だ」
確かに、その称号に安全性は感じられない。今の柳崎のイメージは、海外の工事現場の鉄球だ。あのドカンと建物を崩壊するやつ。まあ、「壊す者」っていう名前からだけのイメージだけど。ジャバウォッグとかは知らないしさ・・・
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷